傀儡師紫苑(1)夢見る都
迷うことなく買い物を続けていた撫子の足が止まった。彼女の視線の先にはデザートがあった。
「どれをチョイスしようかにゃぁ〜」
「もしかして、自分用のデザートとか言わないよね?」
わざわざこうやって翔子が聞くのは、すでに撫子が自分専用のデザートを買うことを確信していて、『止めなさい』というニュアンスが含まれている。
「翔子はどれチョイスするぅ〜?」
「だから、勝手に自分の物買ったらマズイでしょ?」
「そうかにゃぁ〜、で、翔子はどれチョイスする?」
「だ〜か〜ら〜、もお!」
「ハイハイ、アタシだけプリングチョイスしちゃお」
カゴの中に撫子がプリンを入れたのを見て、翔子は露骨に嫌な顔をしたが、ため息をついて、もうそのことについては何も言わなかった。
レジで会計を済ませようとしたのだが、そこで思わぬことが起こった。合計金額が七九円オーバーしたのだ。
もらったお金よりも合計金額が超えたとたんに、撫子は仔猫のような瞳で翔子を見つめた。
「翔子ぉ〜、お金プリーズしてぇ〜」
「あなたが自分用のデザートなんて買うから――」
と少し怒りながらも、自分たちの後ろに客が並んでいることに気づいた翔子は、しぶしぶ自分の財布から一〇〇円玉を出して会計を済ませた。
コンビニの袋を受け取った翔子は、撫子の腕を強引に引っ張って、足早にコンビニの外に出た。
「今のお金は貸しだからね」
「えぇ〜、アタシたちの友情はウソだったの!?」
「そういう問題じゃないでしょ。お金にルーズなひとは生活もルーズなんだよ」
「いいよぉん、アタシはいつも緩みっぱにゃしだもん」
撫子はお金を返す気ゼロだった。
「もぉ!」
いくら翔子がこのことについて話しても、会話は平行線を辿るに違いない。だが、その前に二人の会話に割り込んできた人物がいた。
「あなたたち、コンビニでお買い物かしら?」
二人が振り向いた先に立っていたのは、森下麗子[モリシタレイコ]先生だった。この先生は演劇部の顧問でもある。
撫子はすぐにしまったという顔をして、翔子の後ろに隠れた。
「ビックリ麗子先生じゃにゃいですかぁ〜、こんなところで遭うにゃんてミラクルですねぇ、あははーっ」
「森下先先こんにちは」
翔子の顔もしまったという表情をしてしまっている。さすがにコンビニの袋を持った状態では、いい言い訳が思いつかない。
教員たちは文化祭が近いことから、校外パトロールをしていたのだ。そして、たまたま翔子たちは森下先生に見つかってしまった。
「コンビニでずいぶんとお買い物したみたいだけど、パーティーでもするのから?」
言い訳をするのも面倒だったので、翔子は正直に話した。正直に話すのは、この先生だったら見逃してくれる可能性があるからだ。
「実は、これから部室で新入部員の歓迎会をすることになりまして……」
「新入部員? また新しい子が入ったの?」
「はい、私と同じクラスの雪村麗慈くんが部活に入りました。後で先生のところに言いに行こうと思っていたのですが……」
「ふ〜ん、歓迎会じゃしかたないわね」
この言葉を聞いた撫子は翔子の後ろから急に飛び出してきた。
「麗子先生、話わかるぅ〜!」
「いいわよ、見逃してあげるわよ。でも、交換条件として――」
森下先生は翔子の持っていたコンビニ袋の中に手を入れてプリンを取り出した。
「これで黙っててあげるわ」
「あ、それアタシのプリン!」
「駄目なら交渉決裂よ。そもそも学校内で、しかも部室でお菓子食べてパーティーなんて本当は駄目なんだからね」
しゅんとした撫子はプリンをあきらめた。しかし、その目はうらめしそうだ。
このままだと撫子はずっとプリンを見ていそうなので、翔子は強引に撫子の腕を引っ張って歩き出した。
「森下先生、失礼しました」
「他の先生に見つからないように、気をつけなさいよ」
森下先生と別れて、すぐに撫子は元気になった。撫子は気持ちの切り替えがいつも早いのだ。
「プリンは食べたかったけど、人生山あり谷あり、波乱万丈だもんね」
「ちょっと大げさよ、それ」
「そうかにゃぁ〜、人生は苦難が多いと思うよ。例えば恋愛とか?」
恋愛という単語に翔子の耳がピクリと反応した。
「恋愛?」
「そうそう、恋愛。で、結局翔子はどっちチョイス?」
「どっちって何が?」
聞き返しながら、翔子は少し動揺していた。そして、撫子は悪戯な笑みを浮かべながら翔子をからかう。
「言葉に出しちゃって、いいのかにゃぁ〜」
「言ってみなさいよ」
「愁斗クン一筋だと思ってたのに、今日の翔子が麗慈クンを見る目……明らかに怪しかったにゃぁ〜」
「だから、何が言いたいのよ」
何が言いたいのか答えを聞かなくてわかっているし、翔子の顔はすでに桃色に染まっている。
「どっちの子が好きにゃのって聞いてるの」
「どっちって言われても……」
「もしかして二股ってのはダメだからね。翔子は好きな方を選んでいいよぉん、余り物をアタシがもらうから」
「二人を物扱いしないでよ!」
「じゃあ、どっちどっち?」
「……もぉ、聞かないでよ!」
「じゃあ、両方アタシがゲッチュだね」
「それはダメぇ〜っ!」
「だから、二股はダメだって、――あっ、翔子がハッキリしにゃいから学校ついちゃったよぉ」
学校内に入った二人はコンビニの袋を隠しながら、先生たちに会わないように部室に急いだ。
部室の中に入った二人がすぐに目にしたのは、不機嫌そうに腕組みをする麻那の姿だった。
「あんたたちおっそいわよ、パシリとして三流ね」
「アタシたちパシリじゃにゃいですよぉ。慈善活動で買い出しに行って来たんです」
「ハイハイ、慈善でもパシリでも、どっちでもいいから、買ってきたものを机の上に出しなさい」
いくつもの机を並べて大きなテーブル状になったその上に、ペットボトルのジュースやポテトチップス、そしてなぜかお酒のツマミまであった。
麻那はサラミを手に取り聞いた。
「何で酒のツマミまであるの?」
顔を向けられて聞かれたのは翔子であるが、カゴにどんどん入れていったのは撫子だった。
「私に聞かれても……、選んだの撫子ですから」
「だって、爆デリシャスじゃにゃいですかぁ」
撫子のいう『爆』とは、『烈』よりもスゴイ時に使う表現である。
「あっそ」
と呟いて麻那はサラミを遠くに放り投げて、ポテトチップスの袋を開けた。
翔子は買って来た紙コップをみんなに手渡している途中で、あることに気がついた。
「麗慈くんがいないみたいですけど?」
その問いに、みんなにお酌している隼人が答えた。
「雪村くんには学校からちょっと離れた通りでピザを待ってもらってます」
翔子は疑問を抱いた。麗慈のための歓迎会なのに、麗慈をお使いに出すなんて。
「あの部長、これって麗慈くんの歓迎会じゃないんですか?」
「ジャンケンで公平に決めろって、麻那が言うからさ」
歓迎会というのは表向きの理由で、実際はパーティーがしたいだけなのである。だから、誰をお使いに出そうと別にいいのである。そのことは翔子も承知の上だ。
「でも、新入部員をこき使うなんて、よくないですよ」
作品名:傀儡師紫苑(1)夢見る都 作家名:秋月あきら(秋月瑛)