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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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 キメラとはギリシア神話のキマイラ――ライオンの頭、ヤギの胴、ヘビの尾を有し、口から火を吐く獣が語源であり、二つ以上の異なる遺伝子型を有する生物体というのが一般的な説明で、突然変異や接ぎ木や肝移植などによって生じる。
 だが、ここで言うキメラとはキマイラのような生物を人工的に創り出すことで、ここにいるミノタウロスもその一種だろう。
 ?組織?とは古の魔導士の知識を受け継ぐ者たちが組織したグループで、今は主に魔導と科学の融合を試みている。
 ミノタウロスは雄叫びをあげた。紫苑を見てだいぶ興奮しているようだ。そのような暗示でもかけてあったのだろうか。
「さて、階段は見える場所にあるが、こいつを倒さねば上へは行けぬのか?」
 思案をしている間に敵は目の前まで迫っていた。考えている必要もなかった。次の瞬間にはミノタウロスの首は中を舞っていた。
 だが、紫苑はこう叫んだ。
「まだか!」
 首のないミノタウロスは斧を力強く振りかぶった。
 空気を切りながら襲い掛かって来る斧をジャンプして避けた紫苑は空中から妖糸を放った。
 妖糸は鎧によって弾かれた。
 地面に着地した紫苑はぼやいた。
「まったく困ったものだ、組織の作るものには私の妖糸がことごとく通用しない」
 ミノタウロスは今はなき頭以外の場所は鎧に包まれている。これでは紫苑には歯が立たない。
 紫苑は螺旋階段に向けて疾走した。ミノタウロスは頭がないためか、少し動くのに戸惑っているように見える。
 螺旋階段を上ろうとした紫苑であったが、何かを感じ立ち止まり、何も見えない空を手で叩いた。すると何か硬いものがあることがわかった。
「……壁か」
 そこには見えない壁が立ち塞がっていた。やはりここにいる敵を倒さなければ上には行けないらしい。
 だが、紫苑は妖糸を見えない壁に向かって振るった。すると硝子でも砕けたような音がした。
 上へ行こうとした紫苑であったが、どこからか聞こえるアナウンスを耳にして足を止めた。
《警告します、警告します、ゲームのルールを破った場合、囚われの姫は瞬時に殺されることになります――警告します、警告します――》
「……裏技はなしか」
 紫苑の後ろからは、首のないミノタウロスが斧を振り回しながら走って来ていた。
 妖糸の効かぬ相手をどうやって倒すのか? 敵は首を落とされても死なない怪物だ。
 ここは召喚を使うしかないだろう。だが、今の紫苑には召喚は不可能だった。召喚はいつでも使える万能な魔導ではないのだ。
 頭上に振り下ろされようとしている斧の柄を紫苑は切断した。斧刃が地面に落ちる。これで敵は武器を失ったことになる。
 武器を失ったミノタウロスだが、武器がないわけではない。ミノタウロスの大きな拳は十分相手を殺傷できる武器だ。
 振り子のように大きく振られる左右の拳はまるで鉄球のようで、一撃でも受けたら身体の骨が砕けるだろう。
 敵の攻撃は簡単にかわすことができるが、紫苑の頭には名案が浮かばない。どうやったらこの怪物を倒せるのか?
 妖糸が動き出した。ミノタウロスがいる方向とはまるで違う方向へ妖糸は伸びる。
 ぐんぐん伸びた妖糸はある物を掴んで猛スピードで戻って来た。
 ガツンという音とともにミノタウロスの身体が前につんのめった。ミノタウロスの背中には折れた斧の刃が突き刺さっていた。
 自分の妖糸が効かぬとも、組織の開発した斧ならば組織の開発した鎧を貫けるのではないか――『目には目を刃には刃を』旧約聖書の言葉だ。紫苑の予想は的中した。
 斧は見事に鎧を貫き、内側の怪物を傷つけた。だが、喜ぶのはまだ早い。この怪物は首を落とされても死なない怪物だ。
 ミノタウロスは背中に手を回して自ら斧を抜くと、その斧を紫苑に目掛けて激しく投げつけた。
 斧は紫苑に避けられ地面を砕きながらホップした。
 妖糸が煌き、蛇のようにミノタウロスの身体に巻きつき拘束した。
 身動きが取れずに雄叫びをあげながら暴れ回るミノタウロスは、ついにはバランスを崩して床に大きな音を立てて倒れてしまった。
《ミノタウロスは戦闘不能と見なし、上の階へ行くことを許可します》
 アナウンスの声が終了すると、ミノタウロスは突如地面に開かれた大穴の中へ落ちていってしまった。
 螺旋階段を上りはじめた紫苑であったが、螺旋階段はまさに天まで続いていそうな長さがあり、上へはいつ着くとも知れない。
 階段を轟かせながら何かが転がって来た。巨大な丸岩が上から転がって来る。
《階段を転がって来る岩を、螺旋階段の途中にある壁の隙間に入ってやり過ごしてください。岩を破壊して前に進もうとするとルール違反になります》
「手間のかかることをやらせるものだ」
 人ひとりが入れるくらいの壁の隙間が紫苑の目に入った。岩は目の前まで迫っているのそこに入ってやり過ごすしかない。
 壁の隙間に入った紫苑の横を岩が通り過ぎて行った。
 螺旋階段に戻り再び走り出す紫苑の耳に岩が転がる音が届いた。
「一度ではないのか」
 紫苑は仕方なくと行った感じで壁の隙間に身体を滑り込ませた。
 岩が横を通り過ぎて行くのを確認して、紫苑は全速力で階段を駆け上った。次の岩が可能性は大いにあり得る。次が来る前に上へ行きたい。
 天井が見えて来たところで壁の横から岩が出て来るのが見えた。
 紫苑はこれが最後だと思い壁の隙間を探した。だが、壁の隙間は前方にはなかった。あったのは後ろだ。
 急いで来た道を戻り壁の隙間に入った。岩は紫苑の横を通過したが、紫苑は隙間から出なかった。
 岩が出て来るタイミングに合わせてこの壁の隙間から出口までの距離を走るとなると、それは紫苑の全速力でギリギリの時間で通り抜けることが可能だった。まるでそう設定してあるようだ。
 次の岩が壁の隙間を通過した瞬間に紫苑は全速力で走るとともに、妖糸を出口に伸ばした。
 出口に引っ掛けられた妖糸は、走る紫苑の身体を宙に浮かせて、走る速さの二倍以上のスピードで出口まで運んだ。
 楽々と出口を抜けた紫苑は呟いた。
「念には念をだ。どうやらルールとやらには違反していなかったらしい」
 出口の先は屋上ではなかったようだ。上に続く螺旋階段があり、一階と同じ構造になっている。
 大広間に敵の姿はない。
《部屋の中央にあるサークルに入ってください。終了の合図前にサークルを出るとルール違反になります》
 部屋の中央には直径一メートルの円が描かれていた。
 紫苑がその中に入ると、前方の石畳の床が一枚宙に浮いた。
 三〇センチ四方にカットされた厚さ五センチのブロック状の石が、ぐるぐると回転して紫苑に向かって来た。
 妖糸が煌きブロックを粉砕する。だが、紫苑は背中に打撃を受けて思わずサークル内から出そうになってしまった。
 紫苑が辺りを見回すと、ブロックが四方を取り囲うように自分に向かって飛んで来ている。
 妖糸が躍り飛び、次々にブロックを粉砕していく。そして、紫苑は床を妖糸で砕きはじめた。ブロックが宙に浮く前に破壊するつもりなのだ。
 警告のアナウンスは流れなかった。
 ブロックの破片が地面に散乱し、終了のアナウンスが入った。
《このテストを終了します》