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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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「家庭教師が必要ににゃったら撫子先生を呼んでねん」
 呆然と立ち尽くしていた紫苑の右腕に鋭い爪が一撃を喰らわした。
 切り裂かれた腕には猫に引っ掻かれたような――それよりも大きな傷ができていた。
「クリティカルヒット! 撫子ちゃん会心の一撃で爆ハッピー」
 抉られてしまった紫苑の右腕は重症であった。それに紫苑は左腕も怪我をしている。今までは右手で操る妖糸で?無理やり?左腕を動かしていたが、その余裕もなくなった。
 酷使する紫苑の右手が動いた。
 煌く妖糸が空間を裂いた。そう、紫苑は〈闇〉を呼ぶつもりなのだ。
 空間の傷が唸り、蛇がシュウシュウと鳴くように空気を吸い込む。そして、大きな裂け目ができあがった。
 〈闇〉が慟哭する。耳を覆いたくなるほどに苦しく、何かが救いを求めている。
「行け!」
 命じられた〈闇〉は泣きながら撫子に襲い掛かった。
「にゃ〜ん! にゃにするのエッチ、巻きつかにゃいで!」
 〈闇〉は撫子の身体を舐め回すように絡みつき、腕を拘束し、脚を拘束し、這うようにして胴を拘束した。
「ヤダヤダヤダよぉ〜! こんにゃのに呑み込まれるにゃんて、『爆美人女子中学生撫子ちゃん、愛に死す(最終回)』って感じぃ!」
 〈闇〉に身体を包まれ、顔だけが残った撫子の表情が急に真剣になった。
「翔子のことよろしくね。絶対救ってあげるんだよ……さらばにゃ〜ん」
 悲しそうな声を最後に撫子は完全に〈闇〉に呑み込まれ、裂けた空間に引きずられようとしていた。
「待て!」
 紫苑が叫び、妖糸が激しく煌いた。
 〈闇〉の塊が剥げ落ち中から撫子が現れた。だが、撫子の身体の大部分はまだ〈闇〉に包まれている。
 〈闇〉激しく叫んだ。この時、信じられぬことが起きた。
 撫子の身体を覆っていた〈闇〉が自らの意思で剥がれ落ち、愁斗に向かって触手を伸ばしたのだ。
 唸る〈闇〉は愁斗の左腕に絡みついた。
「傀儡師が〈闇〉に喰われては冗談にもならん」
 紫苑は開かれている空間の裂け目を妖糸によって縫合した。無理やり〈扉〉を閉めることによって、新たな〈闇〉が出て来るのを防いだ。
 次はこの世に残った〈闇〉の処理だ。
「この魔導は自信がないが、やるしかあるまい」
 妖糸が煌き空間を裂いた。〈闇〉を再び呼ぶのか――否。
 空間の傷がフルートのような音を発し、外に柔らかな光と空気を吹き出した。
 光色の裂け目から笑い声が聴こえる。賛美歌が聴こえる。詩が聴こえる。息吹が聴こえる。どれも輝きに満ちている。
 〈光〉が微笑んだ。次の瞬間〈審判〉が下された。
 純粋すぎる〈光〉が〈闇〉を優しく包み込み浄化させた。そして、〈光〉は歌を歌いながら還っていった。
「どうやら成功したようだな。私が〈光〉を呼び出し、浄化されずに済んだのは神の奇跡というやつか」
 〈光〉を呼び出すことは紫苑にとって一か八かの賭けだった。もしかしたら、〈闇〉に近い紫苑自信が〈光〉に浄化されることもあり得たのだ。
 横たわり気を失っている撫子を見ようともせず、紫苑は廃工場の中へ入って行った。

 組織の創り出した異世界の中には、天を突く巨塔が立っていた。
「ゲームと言っていたが、RPGのつもりか?」
 古ぼけた塔には蔓が生い茂り、辺りには霧が立ち込めている。亡霊でも出そうな雰囲気である。
 遠くからは何かの鳴き声が聴こえてくる。そして、バイオリンの物悲しい曲がどこからか流れてくる。
 肌寒い風が吹き、世界は淀んでいた。
 紫苑の前には塔へ続く廊下の入り口が大きな口を開けている。その先は見通すことができない。
 廊下の中は薄暗く、蝋燭の淡い光によって長い廊下が照らされていた。
 廊下の先にある硬く閉ざされた扉――その左右には、今にも動き出しそうな甲冑が飾ってある。
 ガタンと何かが動いたような音がした。その音には鋼の響きが混じっていた。
「なるほど?動き出しそう?ではなく、?動く?のか」
 二体の甲冑が手に持ったハルベルトを振り上げて襲い掛かって来た。
 ハルベルトとは長柄の一種で、長さ約三メートル・重さ約三キロ。槍状の頭部に斧のような形をした広い刃が付き、その反対側には小さな鉤状の突起が付いているという複雑な形状をした武器で、これひとつで切る・突く・引っ掛ける・鉤爪で叩くといった四種類の攻撃が可能だ。
 ビュンと風を切り、広い刃が横に振られたのを紫苑は高く飛翔して避けた。だが、二体目の甲冑が紫苑を突こうとする。
 紫苑の身体を突く筈のハルベルトが突如甲冑のグローブから擦り抜けた。妖糸の成した業だ。
 紫苑は地面に優美に着地し、それと同時に奪われたハルベルトの先端が一体目の甲冑を突いた。突かれた甲冑は音を立てて崩れ、ただの甲冑と化して床にパーツごとに四散してしまった。
 操られているハルベルトが二体目の甲冑に襲い掛かる。と思いきや、宙に浮いていたハルベルトは地面に音を立てて落ち、紫苑は高い天井に妖糸を引っ掛けて上空に舞い上がった。
 ?一体目?の甲冑が紫苑を掴もうとしたが、大きく空を抱きしめた。上空に紫苑が舞い上がらなければ捕まれていたに違いない。
「生きていたのか……いや、この表現は正しくはないな。核を壊さなくてはいけないようだ」
 音もなく妖糸を伝い下に降りた紫苑は呟いた。
「視えた」
 妖糸がうねうねと動き、二体の甲冑の内側に忍び込み何かを突いた。
 突如動きを止めた甲冑。――そして激しい音を立てながら床に崩れた。
 上を見る紫苑。紫苑は上空を飛ぶ生物に目をやっていた。
 天井には一匹の蝙蝠が飛んでいた。その口には何かを咥えている。
 蝙蝠は銀色に輝く何かを紫苑に向かって落とした。
 落下して来た何かを手で掴み、手を広げてそれが何か紫苑は確認した。
「鍵か」
 紫苑の手のひらの上にある物――それは銀色の鍵だった。
 前方には甲冑が守っていた扉がある。どうやらあの甲冑を倒すことにそこにある扉の鍵が手に入る仕組みになっていたらしい。
 扉の前に立ち、紫苑は鍵穴に先ほど手に入れた銀色の鍵を差し込んだ。鍵はぴったりと合い、鍵の開く音が聴こえた。
 自動ドアのように勝手に開かれたドアの先には大広間があり、上へと続く螺旋階段があった。どうやら塔の内部に入ったようだ。
  大広間の中心には斧を構えた怪物が腰を据えて立っている。
 怪物の全長は約三メートルで、手には身の丈よりの高い斧を持っている。鎧を着ているが顔は牡牛だ。そう、神話に出てくるミノタウロスに似ているかもしれない。
 ミノタウロスとはギリシア神話に出てくる怪物の名で、上半身が牡牛で下半身が人間というのが一般的には通っているが、実際は少し違う。顔は人間であったが潰れていて怪物のようで、目は赤く、巨大な反った歯、頭からは二本の角を生やし、身体は短くて茶色い毛で覆われていると言うのがラビュリントスにいた怪物だ。
 だが、紫苑の目の前にいるのは一般的に知られたミノタウロスのようで、顔はまさに牡牛である。
 この生物が組織の実験により生み出されたことが紫苑にはすぐにわかった。
 魔導の世界では科学よりも早くキメラ生物の実験を行っていた。