傀儡師紫苑(1)夢見る都
「だから、ごめん裏切らなきゃいけない……ごめん翔子。友人裏切るなんて、まるであの劇でアタシが演じた役回りと同じになっちゃたね」
撫子の腕が素早く動くの確認したところで、翔子の意識はプツリと切れた。
地面に倒れる翔子の姿を見下ろしながら、撫子は何度も繰り返しある言葉を繰り返していた。
「ごめん、ごめん、ごめん……」
撫子の涙が翔子の制服を濡らした。
楽屋で愁斗が翔子帰りを待っていると、突然ドアが開かれた。
部屋の中に入って来たのは翔子ではなかった。猫のきぐるみを着た誰かだ。
警戒心を抱く愁斗にきぐるみを着た何者かは、一通の手紙を手渡した。そして、何も言わず部屋を後にして行った。
手紙の内容を見た愁斗の表情が険しくなる。
「なるほど、人質か……」
鋭く尖った氷のような声。
「恐らく、これが私とあいつとの最終決戦だな」
すぐに外に出れば手紙を渡しに来た奴に追いつくかもしれない。だが愁斗はそれをしなかった。きぐるみの人物を捕まえて話を聞いても無駄なことはわかっている。
「本人ではなかった――傀儡だった」
愁斗はこの部屋に置いてあった自分のバッグを開けようとした。このバッグにはご丁寧にも南京錠が付けてある。
南京錠を外し、バッグを開けた愁斗は、その中からあるモノを取り出した。
紫苑は町外れにある、いつかの廃工場に来ていた。
工場の入り口には制服姿のある人物が立っていた。そこで紫苑を出迎えたのは撫子だった。
「早かったね。何時間もここで待たされたらどーしよーかと思ってたところだよぉ」
いつもどおりの明るい撫子に、紫苑は冷たい声で言った。
「やはり、貴様も組織の人間だったか」
この言葉に撫子はため息を洩らしながらうなずいた。
「やっぱりバレてたかぁ。でもどうしてわかったの?」
「魔導の匂いがした」
紫苑の口調が冷たいのに対して、撫子はわざとらしく驚いて言った。
「さっすがは古の血を引く魔導士だねぇ。でもさぁ、じゃあどうしてアタシを殺さにゃかったの?」
「貴様は私を観察し組織に報告をしていただけで、組織の直接的な動きはなかった。あいつが現れてからも同様。私は貴様らの様子を窺っていた。それに貴様は翔子の大切なひとだった――」
そして、紫苑は断言した。
「だが、今ならば殺せる」
鋼の響きを聞いてしまった撫子は、これ以上ないため息をついて肩を落とした。紫苑は何があろうと自分を生かしてはくれないだろうと撫子は悟ったのだ。
「やっぱり、アタシ殺されちゃうんだぁ〜。はぁ、仕方にゃいね……翔子のこと裏切っちゃったし」
紫苑の手が動いた。
「……死して償え」
「ちょっと待った、タイムタイム。このゲームにはあいつの決めたルールがあるから、アタシと戦う前にちゃんと聞いて」
地面に力を失った糸が落ち、紫苑は動きを止めた。
「じゃあ話しま〜す。これはあいつのゲームで、この建物の中に入ったら外に出れにゃくて、え〜とそんでもって、無理やり出ようとした時点で囚われの姫が殺されちゃうし、アナタが死んでも姫は殺される。それから、この中はこれを機に組織が野外で実験した異世界とかいうとこに直結してるの」
「なるほど、組織は異世界を創り出せる力を手に入れたのか」
「さあ、アタシはよく知らにゃいけど、そうにゃんじゃにゃいの。でね、アタシを倒して中に入ると、中では組織の実験サンプルやらいろんにゃのがいるらしいの。で、最後はあいつを倒して囚われの姫を救出すればゲームクリアだってさ。わかったぁ?」
「組織は私たちを使って実験をするつもりか。おもしろい、最高のデータ組織にくれてやろう」
「はぁ、じゃあアタシと勝負だね……爆裂憂鬱ぅ」
うつむく撫子に容赦ない紫苑の妖糸が繰り出される。シュッという音が撫子の耳元で聴こえた。撫子が後少し妖糸に気がつくのが遅れていたら、殺られていた。
「反則だよ、卑怯者! 不意打ちにゃんて聞いてにゃいよぉ〜」
シュッとまた空気を切る音が聴こえた。撫子は辛うじて妖糸を避けた。
「実践に反則はない。目を離していると首が飛ぶぞ」
「か弱いプリティ撫子ちゃんに暴力を振るうにゃんて、男として爆裂サイテー!」
速攻を決める撫子に紫苑の妖糸が襲い掛かる。だが、その妖糸は撫子の特別な爪によっていとも簡単に切断されてしまった。
撫子の鋭い爪が紫苑に振り下ろされた。
茶色いぼろ布が少しさかれたが紫苑は無傷だ。そして、紫苑は撫子の攻撃と同時に自らも攻撃を仕掛けていた。
妖糸が撫子が着る制服の胸部を切り裂いた。
「爆エッチだぞ! これ着てにゃかったら胸が見えてた……じゃなくって、切り裂かれてたよぉ〜!」
裂かれた撫子の制服の下から黒いスーツが覗いていた。
「このスーツは組織が開発した、うあっ!」
妖糸が撫子の横を掠めた。
「卑怯者! アタシが説明してるんだから攻撃しにゃいでよ」
「そんな説明いらん。私の目的は貴様を葬ることだけだ」
「そんにゃこと言わにゃいで、説明聞いてちょ〜だいよ。アタシ緊張すると口が止まらにゃくにゃるんだよぉ〜」
撫子はしゃべりながら紫苑の妖糸を軽やかな身のこなしで避けていた。
「あのね、このスーツは伸縮自在で爆裂丈夫にゃんだよ。その妖糸も完璧じゃにゃいけど防げるって聞かされた」
「戦いに集中しないと首が飛ぶぞ」
妖糸が撫子の首を掠り一筋の血が滲み出る。首を飛ばすまではいかなかったが、やられた本人は冷たい汗をかいていた。
「爆裂死ぬかと思ったぁ〜」
撫子はほぼ全身に特殊スーツを着ている。肌を露出している部分は首から上と手首から先のみだ。つまり紫苑はそこを狙えばいい。
煌く妖糸が乾いた地面を抉った。砕け散った地面の塊が砂埃とともに周囲に散乱し、細かい破片が撫子を襲う。
思わず撫子は腕を顔の前にやり、一瞬だが目をつぶってしまった。紫苑の目的はまさにそれだった。
目をつぶった一瞬の隙を愁斗は見逃さなかった。
唸る妖糸が撫子の首を狙う。だが、撫子はすぐにそれに気が付き、アクロバティックなバク転を二度三度として後ろに下がった。
「マジで殺す気!?」
真剣な勝負で相手に『マジで殺す気!?』と聞く者はそうはいないだろう。
撫子は焦っていた。自分では紫苑に勝てないことを知っているのだ。だからおしゃべりをすることによって自分を落ち着かせ、それとともに紫苑の気を少しでも散らせようとしていた。
「プリティーボンバーでちょ〜爆裂カワイイ撫子サマを殺したら、動物愛護団体に屠られるぞぉ〜!」
紫苑は撫子の言葉など耳に入っていないようで、独り言を呟いた。
「魔導力が高まったようだ――これで使える」
妖糸が煌きを放ち、宙に奇怪な魔方陣が描かれた。紫苑は召喚をする気だ。
駿足の撫子が地面を蹴り上げ高くジャンプした。そして、何と宙に描かれた魔方陣を自慢の爪で切り裂いてしまったではないか!?
「爆焦ったぁ〜、召喚にゃんてされたら爆マジで殺されるよ」
紫苑は腕を下ろし戦闘態勢を崩していた。魔方陣を破られたのはこれがはじめてだったのだ。
「まさか魔方陣が切り裂かれるとは……。なるほど、召喚を行う前に魔方陣を無効とすれば、召喚は破られるわけか、いい勉強になった」
作品名:傀儡師紫苑(1)夢見る都 作家名:秋月あきら(秋月瑛)