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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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「両方合ってるね。あと、自己中心的で我が侭で人を人だと思ってないとか、自分が世界のトップで、自分が命令すれば誰でも言うことを聞くと思ってる」
 翔子の中で自分が会ってきた最低な人々の性格が統合され、あからさまに嫌な顔をしてしまってつい口が滑ってしまった。
「その人サイテーな人間だね。……あっ、ごめん愁斗くんのお姉さんだった」
「いいよ、たしかに最低な人間だから」
「愁斗くんとお姉さんって、もしかして仲悪い?」
「別に、この世界で一番いい姉だよ。僕はあのひとのこと好きだよ」
 さっきと言ってることがまるで違う。それにもう一つ、翔子には引っかかる愁斗のある言い方があったがそのことには触れないことにした。
 ヤキソバを食べ終わり、ウーロン茶を飲み干した翔子はお腹を擦った。
「まだ、ちょっと足りない感じ。デザート食べたいな」
 翔子は急に立ち上がり楽屋を出て行こうとしている。
「私、クレープ買って来るね。愁斗くんのも適当に買って来る」
 バタンとドアが閉められた。
 楽屋を出た翔子は食後の運動というわけではないが、走ってクレープを買いに向かっていた。愁斗のもとへ早く戻りたいのだ。
 クレープを売っている二年三組はグラウンドに店がある。飲食関係の店のほとんどが外にある。
 この学校は外靴のまま校内に入ることができるので、靴を履き替える手間もなく生徒は外と校内の出入りが楽にできる。
 翔子は外に向かう途中の廊下である人物を発見した。
「……須藤くん?」
 この時まですっかり忘れていた。翔子は公演前にも行方不明になっているはずの須藤を見ていた。
 須藤は行方不明ということになっているが、そのことはまだ生徒の一部にしか知らされていない。
 クレープのことなど忘れて翔子は須藤を追った。
「きゃっ!」
 須藤のことばかりに気を取られていた翔子は何者かにぶつかってしまった。
 また絡まれるのではないかと冷や冷やしながら翔子が顔を上げると、そこにいたのは森下先生であった。
「瀬名、前見て歩きなさい!」
「ごめんなさい、急いでたので」
「以後気をつけるようになさい」
「……そうだ、先生、須藤くん見ました」
「ああ、彼ね、そのことなら知ってるわ。今日突然学校に来たらしくって、担任の先生が直接須藤と話したらしいわ。でも……」
 森下先生は今日に曇った表情をして口を止めた。
「あの、どうしたんですか?」
「実はね、ここだけの話なんだけど、様子が少し可笑しかったらしいのよね。話を聞いても虚ろな目をして首を動かして答えるだけ。それで須藤のことはひとまず解放して、その担任の山本先生が自宅に連絡したらしんだけど、電話に出た母親は『ありがとうございました』ってひとこと言って電話切っちゃったらしいのよね。それでね――」
「ごめんなさい、急ぐんで」
 この後も森下先生の話はだいぶ続きそうだったので、翔子は森下先生に頭を下げて再び須藤のことを追いかけた。
 須藤の姿はない。見失ってしまった。
 近くに封鎖されている階段があった。今日は学校の二階までを使い、三階から上は立ち入り禁止になっている。
 翔子は周りを確認して急いで上の階に駆け上がった須藤が上にいるとは限らないが、もしかしたらという気持ちが翔子に階段を上らせたのだ。
 三階まで上ったところで翔子は上の階を見上げた。
 須藤がいた。須藤が翔子のことを踊り場から見下ろしている。その瞳は虚ろだ。
「須藤くん、あ、待って!」
 須藤は翔子に背を向けて階段を上って行ってしまった。翔子は急いで追いかける。
 四階に辿り着き、翔子はまた上の階を見た。やはり須藤が自分のことを見ている。追いかけて来いということなのか?
 四階の上は屋上である。普段は鍵がかかっているはずで誰も入れない。
 ドアを開け閉めする音が翔子の耳に届いた。
 屋上に続くドアの前に立った翔子。この先に須藤がいるのは間違いない。
 いろいろな不安を思いつつ、翔子はドアを開けた。
 屋上は少し風が吹いている。そして、コンクリートの上に立つ二人の人物。翔子を抜かして二人だ。
「撫子!?」
 翔子が見た二人組、それは須藤と撫子だった。
「ごめん翔子」
 いきなり謝りだす撫子。その表情はいつもの撫子とは違った。
 翔子はすぐに撫子たちのもとに駆け寄った。
「何で、どうして、撫子がいるの? 須藤くんと……わからない、どうしていきなり謝るの?」
「ごめん翔子、翔子のことは本当に親友だと思ってた。でもね、ごっこ遊びも今日でお終いなんだ」
 翔子は気づかなかったかもしれないが、撫子は『にゃんだ』とは言わずに『なんだ』と言った。『な』を『にゃ』といつものように言わなかった。
「どうしたの撫子、何かいつもと違う。わからないけど、いつもと違うよ」
「だから?ごっこ遊び?は終わりなの。そう、須藤クンにももう用ないね」
 こう撫子が言い終わったとたんに、須藤の身体がまるで糸を切られた人形のようにバタンと地面に崩れ落ちた。
「どうしたの須藤くん!?」
 突然のことに驚く翔子であったが、撫子は驚く素振りも見せずに静かに言った。
「もうとっくに死んでたから、今からじゃどうにもならないよ」
「死んでた? そんなはずないよ、さっきまで歩いてたもん」
 翔子は須藤の首に触れた。肌が冷たく脈がない。
「えっ!? 何で、何でなの!?」
 取り乱しはじめた翔子。須藤は撫子の言うとおり死んでいた。だが、なぜ須藤は先ほどまで動いていたのか?
「翔子、須藤くんのことはほっといてアタシの話聞いて」
「ほっとくってどうして? 死んでるんだよ、誰か呼ばなきゃ!」
「いいからアタシの話聞いて!」
 撫子が怒鳴ったことにより翔子は撫子の言葉に耳を傾けた。
「アタシね、さっきも言ったけど翔子のこと親友だと思ってるし、大好きだったよ。でもね、そんな友人を裏切らなきゃいけないんだ」
「裏切るって、どうして?」
「もう、ひとりの方の命令でさ……。この学校に転校して来たのもあることをするためだったし、演劇部に入ったのもそうだった。でもね、演劇楽しかったし、翔子と友達になったのも楽しかったから、うれしかったよ翔子と友達になれて」
「わからないよ撫子の言ってること!」
 撫子の瞳が少し潤んでいることに翔子は気づいた。それにもうひとつ、撫子の瞳がいつもと違う。いつもは茶色い瞳をしているのに、今は人間の瞳じゃない。
 撫子の瞳はまるで猫の瞳のようだった。
「あ、それからアタシ、実は人間じゃないんだ」
「だから、さっきから何言ってるの!」
「ちゃんとした両親もいないし、ずっと研究所で育ったんだ。はじめてできた友達が翔子でね、友達ってこういうものなんだって思った。アタシさ、猫のDNAを埋め込まれた人間なんだよね……だから普通の人間とは言えないんだよ」
 撫子が猫のDNAを埋め込まれた人間。撫子が言うと冗談としか思えないが、彼女は普段決して見せることのない真剣な表情をしていた。
「わかんない、わかんない、わかんない! 言ってことわかんないって。私は撫子が猫だろうが宇宙人だろうが別にかまわない、ずっと親友だよ!」