傀儡師紫苑(1)夢見る都
「あんたら戸締まりよろしくねそれから、翔子が今日から部長で愁斗が副部長ね」
それだけ言って、麻那は微笑みながら隼人と楽屋を後にした。
愁斗と二人っきりにされてしまった翔子は困ってしまった。
「あの愁斗くん?」
「何?」
「あのさ、折れた腕固定しなくいいの?」
どうしても翔子には言えない。また別の話をしてしまった。
「あ、そうだね」
「私が手伝ってあげる」
翔子は布を取って愁斗の首の後ろで結んであげた。
「ありがと」
微笑みかけられる翔子。余計に言えなくなった。
沈黙が流れ、翔子は気まずい気持ちになる。
翔子は大きく息を吐いて、大きく息を吸って、ついに言った。
「愁斗くんのことが好きです」
「僕も瀬名さんのことが好きだよ」
「うん」
顔を真っ赤にして翔子はうつむいた。そんな翔子を見て、愁斗は翔子の手を取って立ち上がった。
「僕らも星稜祭を楽しみに行こう」
「うん!」
二人は楽屋を駆け出して行った。
手を繋ぎながら翔子と愁斗は楽屋の戸締まりをして行ったそして、最後の楽屋の戸締まりをして、これから星稜祭の会場に行こうとしたその時、翔子が急に愁斗と手を離した
「やっぱりダメ。愁斗くんと普段並んで歩いてるだけで痛い視線浴びるのに、手繋いでるとこ見られたら絶対暗殺されちゃうよ」
「おもしろいこというね」
「おもしろくないよ、マジで言ってるんだよ」
愁斗は少し考えた後、微笑んだ。
「じゃあ僕がいつでも瀬名さんのこと守ってあげるから」
「えっ!?」
「どんな時でも僕は瀬名さんのことを守る」
「……うん」
二人は星稜祭の会場へ歩き出した。
星稜祭の会場は星稜大学付属・高等部の教室内と校庭が基本で、翔子たちは教室の会場に向かった。
ホールは中等部と高等部を繋いでいるのですぐに行くことができる。
廊下は行き交う人々でごった返し、時折食べ物の匂いが空気に運ばれて来る。
「愁斗くん、お昼どうしようか?」
時計は十二時を過ぎている。昼食を摂るにはちょうどいい時間帯だった。
「瀬名さんは何か食べたいものある?」
「三組の友達にクレープ食べに来てって言われてるけど、クレープはお昼ご飯にはならないよね」
「あっ、ほら」
愁斗の指差す方向にはヤキソバと飲み物を売り歩いている人がいた。
「あれでいいと思うんだけど、翔子ちゃんはどう?」
「うん、お昼はヤキソバにしよう」
愁斗がヤキソバ売りを呼び止めて注文をした。
「ヤキソバ二つと、翔子ちゃんは何飲む?」
「私はウーロン茶でいいよ」
「じゃあ、ヤキソバとウーロン茶を二つずつ」
ヤキソバ売りは二人いて、ひとりがヤキソバを持ち、もうひとりが飲み物の入ったクーラーボックスを担いでいる。そのふたりはさきほどから交互に翔子の顔をちらちら見ている。
ヤキソバ売りだけではなかった。先ほどから生徒たちにこそこそ見られている。
ヤキソバと飲み物を受け取った愁斗がお金を払い終えると、翔子は愁斗の腕を引っ張って大急ぎで歩きはじめた。
「どうしたの瀬名さん」
「やっぱり楽屋で食べよう、それがいいよ、うん」
翔子は愁斗の腕を強く掴んで、そのまま楽屋まで早足で戻った。
楽屋の中に入り、翔子は一息つく。
「はぁ、やっぱりみんなに見られた。中には殺気出てるひともいたよぉ」
「ごめん、僕のせいだよね」
「ううん、別にそうじゃないんだけど。明日になったら変な噂が学校中に蔓延してそうで恐い」
愁斗のカッコよさは隣の高等部にも知られているほどで、愁斗が女子生徒と二人で何かをしていると、愁斗のファンでなくとも誰もがついつい見てしまう。誰もが愁斗のすることに興味を持ってつい見てしまうのだ。
困った顔をしながら愁斗はヤキソバと飲み物を翔子に渡して適当な場所に座った。
「二人で生徒のいるところ歩けないね」
「うん」
翔子は少し不安になった。学校内に二人でいるところを見られると変な噂が立ち、下手をするとイジメに遭うかもしれないと翔子は思った。愁斗は自分のことを守ると言ってくれたけど、イジメに遭ったらきっと黙っていると思う。
ヤキソバの入れ物に掛かっている輪ゴムを外し、憂鬱そうなため息をつく翔子は、そのまま愁斗の顔を見上げた。
「せっかくの星稜祭なのにね」
「じゃあ、今度の休日デートしようか?」
「えっ、ホントに!?」
割り箸をパチンと割り、憂鬱そうな顔をしていた翔子の顔が一気に華やいだ。それを見て愁斗がニッコリと微笑む。
「よかった、元気になってくれて」
「本気で言ったの? 撫子っぽく言うと爆マジで!」
「思いつきで言ったから、どこに行くとか決めてないけどね」
「だったら愁斗くんの家に行きたい」
やや間があった。ヤキソバを無言で食べる愁斗の表情が一瞬曇ったように翔子には見えた。
「僕のうちに……か」
「ダ、ダメならいいよ、うん」
本当は愁斗の家や愁斗の部屋を見てみたいという気持ちが翔子にはあったが、撫子の例が急に頭に浮かんで自宅訪問の夢はあきらめた。家庭には家庭の事情がいろいろあって家に人を呼びたくない場合もあるに違いない。
少し考え込んだ様子の愁斗が口を開いた。
「いいよ、大丈夫だと思う」
「本当に大丈夫なの、家族の人に迷惑とかじゃないよね?」
?家族?という言葉を聞いた瞬間、少しだが愁斗は翔子から目線を外した。一瞬だったためと何気ない行動なので翔子は気づいていない。
「大丈夫だよ、でも実はさ……」
翔子はもう一度撫子のことを思い出してしまった。『実はさ……』の後に何が来るのか少しドキドキする。
「実はね、僕さ、ひとり……いや、二人暮らしなんだよね」
少し引っかかる言い方だった。父や母のどちらか一方と二人で暮らしているのならば、その名が出るだろう。だが、愁斗は?二人?という濁した言い方をした。
翔子は聞いていいべきか困ってしまった。二人暮らしと聞いた翔子の頭の中では、二人暮し=同棲=恋人という変換が行われていた
「あ、あのさ、二人暮らしって、その、いい、言わないで、聞いちゃいけないような気がするから」
「別に聞かれたらマズイにはマズイかもしれないけど、瀬名さんには知ってもらってた方がいいかな」
「私に知ってもらった方がいいこと?」
「僕さ、母と父がいないんだ」
翔子はショックを受けた。何で自分の周りには家庭事情に問題がある人多いのだろうかと。麗慈は両親が離婚したらしく、撫子は独り暮らしをしていた。
愁斗の話は続く。
「母は僕が小さい頃に死んだ。父は数年前にどこかに消えてしまった。それで今は姉と住んでるんだけど、その姉に瀬名さんを会わせたくないんだよね」
話を聞き終えた翔子は、愁斗の両親のことにはあえて触れず、姉のことについて尋ねてみた。
「どんなお姉さんなの? やっぱり愁斗くんのお姉さんだから、すっごい美人なんだろうね」
「たしかに美人だと思うけど、僕とは似てないし、歳も十歳以上離れてるんだ。性格は少し麻那先輩に似てるかも……」
失笑を浮かべる愁斗になおも翔子は聞き続けた。
「麻那先輩に似てるって、キツイこと言うとか、人に当り散らすとか?」
作品名:傀儡師紫苑(1)夢見る都 作家名:秋月あきら(秋月瑛)