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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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 据わった目をしている久美に見られた沙織は、身体を縮めて泣きそうな顔をした。
「ごめんなさ〜い、沙織が悪かったですぅ〜」
「わかればよろしい。じゃあ、麻衣子も行きましょう。先輩お疲れ様」
 沙織の服を引っ張ったまま久美は楽屋を出て行き、麻衣子もその後を急いで追おうとする。
「先輩お疲れ様でした。後ほど打ち上げで――」
 麻衣子も頭を下げて出て行った。
 翔子と撫子の着替えも終わった。
「うんじゃ、アタシらも星稜祭の屋台めぐりで食い倒れしに行こう!」
「……あのさ、やっぱり、あの、その」
「ふふ〜ん、翔子ちゃんの言いたいことは、この美少女名探偵撫子ちゃんにはお見通しだよ。アタシは勝手に食い倒れて来るから、うんじゃ、さらばにゃ〜ん!」
 全てお見通しの撫子は笑顔で走りながら楽屋を出て行った。
 残された翔子は小さく呟く。
「そんなに見通されやすいのかな、私?」
 これから翔子は愁斗のところに行こうとしているのだ。だが、デートの申し込みに行くのではなく、愁斗の怪我の具合が心配で見に行くのだ。
 楽屋を出た翔子は少し考える。愁斗はどこにいるのか?
 楽屋に戻ったと麻那は言っていたが、男子更衣室に割り当てられた楽屋か、みんなが待機に使っていた大部屋の楽屋なのかわからない。
 翔子は男子更衣室に割り当てられた楽屋には入れないので、とりあえず大部屋の楽屋に向かうことにした。
 大部屋に愁斗はいた。その他にも隼人と麻那もいる。
 隼人は部屋の隅に座って読書中で、麻那は昼寝中、愁斗は拳に巻いた包帯を取り替えていた。
 翔子は包帯を替えている愁斗の横に座った。
「愁斗くん、手大丈夫だった?」
 愁斗の右の拳には出血の痕があった。
 公演中に床を殴りつけるシーンで、少し本気になって殴ってしまい本当に血が出てしまったのだ。舞台裏に引っ込んだ時にすぐに包帯を巻いて応急処置をして、アリアとメサイの婚姻式に乗り込むシーンでは包帯を巻いて舞台に上がっていた。
「大したことはないから平気だよ。あんなことで怪我するんてバカみたいだよね」
「そんなことないよ、それだけ演技に入り込んでたってことだよ」
 心から翔子は愁斗を尊敬していた。
 この学校に来て初めて演劇をやったと言う愁斗であったが、その才能は素晴らしく、今では演劇部の誇る優秀な部員のひとりだ。
「役を演じてる時は本当にその役になっちゃうんだよね」
「それからさ、あの愁斗くんのアドリブもよかったよ。本当に血が出ちゃった時にアドリブやったでしょ?」
 目を輝かせながら自分を見る翔子の顔を見て愁斗は微笑んだ。
「この右手が真っ赤な血で穢れようと、私はアリアを奪い返してみせるぞ! ってセリフのことだよね。自然と出て来ちゃったんだ」
「本当は『この手で必ずやアリアを奪い返してみせるぞ!』だよね。あ、ごめん包帯巻いてる最中だったね。止めちゃってごめん」
「いいよ別に」
 再び包帯を巻き始めようとする愁斗の手を翔子は掴んで言った。
「私が巻いてあげる」
 包帯を巻こうとしている愁斗の手を自分の手で止める行為、それは翔子にとって少し冒険的な行為でもあった。何気なく愁斗手を触れる――そんなことでも翔子にはすごくドキドキした。
 一生懸命愁斗の拳に包帯を巻いていく翔子。ふと顔を上げると愁斗と目が合った。だが、すぐに目線を外してしまった。
「これでよし……かな?」
 疑問系の声を発した。翔子の巻いた包帯は少し不恰好で肉団子みたいになってしまっている。
「ごめん、失敗しちゃった」
「いいよ、ありがと瀬名さん」
 この演劇部内で唯一翔子のことを苗字で呼ぶ愁斗。翔子は本当は下の名前で呼んでもらいたかった。
「あ、あの愁斗くん?」
「何?」
「やっぱりいいや……」
 ?翔子?って呼んで、と本当は言いたかった。でも、言えなかった。
「言ってみてよ」
「あのね、し、?翔子?って呼んで欲しい……かも」
 愁斗は微笑んだ。
「呼び捨てがいい? それとも?さん?とか?ちゃん?とか?」
「……呼びやすいようでいいよ」
「じゃあ、翔子ね。でも、僕からも条件」
「何?」
「僕のことも呼び捨てで呼んでくれたら、これからも下の名前で呼んであげるよ」
「……意地悪ぅ」
 寝ていたはずの麻那がむくっと起き上がった。
「あんたらウザイ。あなたたちさ、それでも付き合ってないの?」
 翔子と愁斗の動きが同時に止まった。
「あたしが許すから、二人ともお付き合いなさい。これは命令よ」
「あああ、あの、麻那先輩が許すとか命令とか、そういう問題じゃなくって、愁斗くんだって私となんか付き合いたくないと思うし、その、迷惑っていうか……」
 大層な慌てぶりの翔子を見て麻那は笑った。
「ホントわかりやす過ぎね翔子は。今の発言って愁斗クン好きですって言ってるようなもんじゃない。しかも、当の本人は今のあたしの発言でようやく気づいた感じだし」
 本を読んでいた隼人が、本を下にさげて顔を出し、麻那に忠告した。
「また口が滑ってるよ麻那」
「だって、この二人見てるとムズムズして来るのよ。いつまで経っても進展しないで平行線。せっかくキスシーンまでやった仲なんだから、このまま付き合いなさい」
「麻那先輩! 本当にキスしたわけじゃないですよ。頬が少し触れただけです!」
 頬が少し触れただけでも翔子にしてみれば心臓が飛び出しそうな体験だった。
 麻那の攻撃はまだまだ続いた。
「最後のシーンで本当にキスしちゃえばよかったのに、聞いてるの愁斗?」
「あ、はい……」
 苦笑いを浮かべている愁斗。だいぶ困っているのが表情から窺える。
「あんたも翔子こと好きなんでしょ?」
「麻那また僕に叩かれたいのか?」
 隼人の鋼の声が楽屋内に響いた。
 翔子は唖然とした。いつあの部長が麻那のことを叩いたのだろうか?
 やや間があった。そして、最初に愁斗が口を開いた。
「僕も瀬名さんのことが好きだよ」
 翔子の身体の中で銅鑼が鳴った。全身が痺れて動けない。
「え、あ、え、そそ、えぇっ!?」
 動揺する翔子を見る麻那と隼人も動揺している。
 麻那はガッツポーズを決めた。
「よっし! あたしがバシンと言ったから愁斗は翔子に告白したのよ」
 たぶんそうだったのだろう。麻那がこの場であれだけ言ったから愁斗はここで告白したに違いない。
 動きがロボットのようになってしまっている翔子は精一杯こう言った。
「あ、あの、愁斗くん腕大丈夫?」
 どうしてこんなことを聞いてしまったのか翔子にもわからない。
 翔子の的外れなことに愁斗は笑って答えくれた。
「だいぶ赤く腫れ上がってたよ」
「あ、そう……なんだ」
 二人の展開を間じかで見守る麻那はイライラしていた。
「翔子、そんなこと聞いてないで、あんたも自分の気持ちを伝えなさいよ。あんたの場合はバレバレだけど、はっきりとはまだ伝え――」
 麻那の口は隼人の手によって塞がれた。
「麻那の出番はここまで。僕らは別の場所に移動するね。それと、これはここの鍵」
 隼人はポケットから代々演劇部に受け継がれているという鍵を出して、翔子手のひらの上に置いた。
 隼人に続いて麻那も楽屋の鍵を出して、こちらは愁斗の手のひらの上に置いた。