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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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 侍女はアリアの肩を掴んでしっかりと相手を立たせた後に、白いレースのハンカチでアリアの顔についた悲しみを拭き取った。
「ごめんなさい、あなたまで悲しい思いをさせてしまって、わたくしのために涙を流してくれる友人はあなたしかいないわ」
 侍女の目からも涙が溢れ出ていた。それをアリアは自分のハンカチで拭き取ってあげると、微笑を浮かべた。
 微笑をもらった侍女は胸が苦しくなった。
「アリア様の笑顔はこの世で一番素敵でございます。貴女様にお使いできて、わたくしは大変嬉しゅうございます」
「わたくしもあなたのようなひとが近くにいてくれて、とても心強いわ。わたくしが何度あなたに助けられたことか、あなたはいつもわたくしを支えてくださった。いつでもあなただけがわたくし味方でした。感謝の言葉を何度言おうとも、決して足りませんわ」
 アリアの言葉を心で真摯に聞き入りうなずく侍女。彼女はアリアの一番の理解者であり親友であった。
「アリア様、貴女様が命じてさえくれれば、明後日の式を力ずくでも破談させてしまう覚悟はできております」
「いけませんわ、わたくしのためにそんなこと……」
「いいえ、わたくしはアリア様のためならば、この命捧げる覚悟でございます」
 侍女は服の上から自分の心臓を鷲掴みしてアリアに訴えた。
「アリア様はフロド様とご一緒になるべきなのです」
「ありがとう、昨日もあなたはそんなことを言っていましたね。でも、いいのですよ、わたくしの運命はもう決まっているのです」
「そんな……アリア様……」
「わたくしなら平気です。これからもあなたが傍にいてくださるのですもの」
「……アリア様」
「お行きなさい。わたくしはもう少しここにいますから」
 言葉に詰まった侍女は何も言わず、頭だけを下げて足早に立ち去ってしまった。
 再び独りになるアリア。彼女は床に跪き目を閉じた。
 しばらくして、また足音が聴こえた。今度の足音は歩幅の広い人の足音だ。
 アリアは足音の持ち主の顔を見た。そして、はっとした。
「フロド様!?」
「ここに来れば貴女に逢えるような気がした。しかし、いざ出逢ってみると逢ってはいけなかったのだと胸が痛む」
「わたくしも貴方様に出逢ってはいけなかったと思いますわ。貴方様と出逢ったことにより、わたくしの心は掻き乱され、苦しみが込み上げてきます」
 うつむいたアリアはフロドと視線を合わせないようにした。声を聴くだけでも苦しいのに、そのひとを見ていてはもっと苦しみが増してしまう。だが、フロドが傍にいるのを感じ、胸に熱いものが込み上げて来るのがわかる。
「なぜ、わたくしたちは引き離される運命なのでしょうか……?」
「私は貴女を手放しはしない。メサイの手から貴女を取り戻してみせる!」
「いけませんわ、いけません。そのようなことを成されては、貴方の名に傷が付いてしまいますわ」
「いいのだ、貴女さえいてくれれば」
「家名再興を成し遂げるのではなかったのですか? お忘れではないでしょう、メサイ様の父君は貴方が使えていらっしゃるお方でもあるのですよ」
 フロドはドロウ侯爵配下の近衛魔導士団に所属する魔導士だ。ドロウ侯爵の息子であるメサイからアリアを奪い返すなど、許されることではないのは誰もがわかっていた。
「だが、しかし! 私は貴女のことを……こんなにも想っているというのに!」
 片手を大きく振り乱し、フロドは感情を爆発させた。
「私は貴女を愛している。そして、貴女も私のことを――」
「言わないで! 言わないでくださいそれ以上。わたくしはメサイ様の妻となる身なのですよ。わたくしを困らせないでください――胸が、胸が苦しくなって、涙が……」
 目に涙を滲ませるアリアにフロドは近づき、彼女を抱きしめようと腕を伸ばした、その瞬間だった。
「触らないで!」
 フロドはアリアによって突き飛ばされた。
「わたくしの身体に触れないでください。わたくしに優しくしないでください。わたくしを苦しめないで……」
 突き飛ばされた時に床に座り込む体制になってしまったフロドは、立ち上がることもできずに黙り込んでしまった。
 沈黙が流れる。そして、フロドは床に座りながら言った。
「すまない、私が悪かった。だが、わかってくれ、苦しいのは貴女だけではないということを……私とて胸が張り裂けそうなくらい苦しくて堪らないのだ」
「フロド様……」
 アリアは何かを言おうとして首を振った。
「いいえ、これは運命なのです。わたくしたちには逆らえない運命なのです」
「何が運命だ! これが運命と言うのならば、この世には神はいない――いるのは悪魔だけだ!」
「フロド様は神を愚弄なさるのですか!? 神はおりますわ、いつもわたくしたちを見守ってくださっています」
「ではなぜ私たちはこのような運命を歩まねばならんのだ? これは神が私たちに与えた試練だとでも言うのか!?」
「……それは」
「答えられぬではないか、神はやはりいないのだ。私たちの運命は悪魔によって弄ばれているのだ」
 フロドに激しく罵られ、アリアは返す言葉が何もなくなってしまった。
 打ち震えるアリア。激しい憤りを感じ、この行き場のない感情をどうしていいのかわからない。
 そして、ついにアリアの感情はフロドにぶつけられることになった。
 気丈とした態度でアリアは命じた。
「早くここから出て行ってください。わたくしと貴方は逢ってはいけないのです!」
 アリアの言葉を受けたフロドはゆっくりと身体を起こし、服についた埃を振り払って哀しい表情をした。
「わかった……貴女がそう言うのであれば仕方あるまい。さらばだ……あ……よ」
 小さな声でフロドは呟き、マントを翻してこの場を後にした。だが、最後の呟きが耳に
届いてしまったアリアは叫ばずにいられなかった。
「お待ちになってフロド様!」
 声がした後もフロドは歩いていたが、やはり止まらずにいられなかった。だが、振り向くことはできない。決して振り向いてはいけない。
 フロドに駆け寄るアリア。彼女は堪えられずフロドの背中に抱きつき、そして泣いてしまった。
「フロド様、行かないで……行かないでください」
「触るなと言ったのは貴女だぞ」
「いいのです……わたくしは、貴方を愛しているのですから」
「私もアリア」
 ついに振り向いたフロドは、自分の顔をアリアの顔にそっと重ねた。
 どこかで鐘の鳴る音がする。この鐘は廃滅の序曲なのか……それとも?

 アリアとメサイの婚姻式が行われる前日、フロドはまた薔薇の聖堂を訪れていた。だが、今日は誰もいない。
 静かな聖堂――明日ここで二人の婚姻式が行われるとフロドの耳には入っていた。
「私は何をすればよいのだ。いや、その答えは考えなくとも出ている。だが、後のことはどうする? 現実は甘いものではないのだ」
 フロドはステンドグラスに描かれた聖母を見上げた。
「貴女ならば神が本当にいるのかご存知でしょう、神はいらっしゃるのですか?」
 答えはなかった。フロドは鼻で笑った。
「先日は神がいないと自分で言い、今は神に頼ろうとしている。なんと都合のよい男であろうか私は」
 拳を強く握りフロドは目を閉じた。