小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

傀儡師紫苑(1)夢見る都

INDEX|21ページ/35ページ|

次のページ前のページ
 

 フロドとメサイの迫力を凄い。二人の間にある想いが激しくぶつかり合っているのがよくわかる。その二人に挟まれた翔子は麗慈のある言葉が脳裏に甦った。
 ――俺はあいつが憎い。それが演技に出ているのかもしれない。
 問題の取っ組み合いのシーンも愁斗は片腕だけでどうにか乗り切り、怪我をしてることを見ている人々に忘れさせた。
 そして、三日はすぐに過ぎ去っていった――。

 星稜祭の幕が壮大に開かれた。
 二日間の星稜祭の日程のうち、演劇部の公演は二度行われる。一日目と二日目の午前中だ。
 一日目の公演は盛況のうちに無事終わった。誰もが満足するできだった。
 そして、二日目の今日、昨日と同じように翔子たちは衣装に着替えて中等部演劇部の公演チラシを配っていた。
 翔子はドレスを着て、撫子も魔導士の衣装を着ている。
「撫子、昨日も言ったけど二人で回ってたら効率悪いでしょ?」
「言われたっけ、そんにゃこと? いーじゃん、いーじゃん、二人でいた方がインパクト強くてみんにゃチラシ受け取ってくれるよ」
 そう言いながら撫子はすれ違う人たちに片っ端からチラシを配っていく。
 翔子は自分たちの配っているチラシをまじまじと見ながら呟いた。
「愁斗くんと麗慈くんはこれでいいけど、私のこと少し綺麗に描きすぎだよ」
 このチラシを製作したのも撫子だった。チラシにはメインキャストの三人が描かれている。それもかなりの画力で写実的に描かれていた。
「翔子が二人に負けにゃいように二〇〇%美化で描いたんだよぉ〜」
「それって私に失礼じゃないの?」
「ウソウソォ〜、翔子を見たまんま描いただけだよ。翔子は十分ビューティホ〜だよ」
 翔子はチラシを顔に近づけたり遠ざけたり難度も見ていた。その時、チラシの向こうの景色にあるものを見た。
「……あれ、須藤くん!?」
 翔子は行方不明のはずの須藤拓郎を人ごみの中に見た。
「どこどここ? いにゃいじゃん」
「本当にいたんだって……たぶん?」
「そっくりさんじゃにゃいの?」
「見間違えかなぁ……?」
 公演の一五分前となり、急いで翔子と撫子はホールに向かった。
 二人が舞台裏に行くと、すでに他の部員たちは揃っていて、いつでも公演が開始できる状態だった。
 翔子は須藤を見たことを話さなかった。公演直前にみんなの気を惑わすようなことは言わない方がいいと判断したからだ。
「公演最終日、みんな悔いを残さないようにがんばりましょう」
 隼人はみんなにニッコリと微笑を投げかけた。隼人の微笑みはみんなの緊張を解きほぐしてくれる微笑だ。
 この公演が隼人と麻那にとって中学最後の公演となる。
 公演を華々しく成功させて、二人を見送ってあげたいと翔子は考えていた。
「部長も麻那さんもがんばってくださいね」
 演劇部を代表しての気持ちを込めた翔子の言葉だった。
 徐ろに愁斗が包帯を取りはじめた。それを見た部員たちは驚きの表情をする。
 翔子は愁斗に近づき目を丸くした。
「愁斗くん、腕平気なの?」
「治ってないけど、やっぱり包帯したままだと目立つからね」
「でも、怪我が悪化するんじゃないの?」
「だから、最終日まで外さなかったんだよ」
 愁斗は微笑んだ。
 いつもどおり隼人は大きく手を叩いて合図をした。
「よし、そろそろみんな準備して」
「「はい!」」
 声を揃えて大きな返事をした。観客席まで聴こえてしまったかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。悔いを残さなければそれでいい……。
 星稜大学付属・中等部の演劇部による公演――『夢見る都』が開演した。

 ステンドグラスから淡い光が聖堂内に差し込む。
 美しき薔薇の庭園に囲まれた聖堂の中で、ひとりの女性が祈りを捧げていた。
 この者の名はアリア。明後日に婚姻式を控えた女性だ。
 光差し込むステンドグラスに描かれた聖母に跪き、アリアは両手を組んで静かに目を閉じていた。
 この辺りを治める領主の息子に愛慕われ、縁談の話が強引に進められてしまい、アリアの心は深く傷ついていた。
 婚姻相手の名はメサイ。決して悪い人ではないとアリアは思っている。だが、アリアには意中の男性が他にいた。
 アリアの恋い焦がれる男性の名はフロドドロウ侯爵配下の近衛魔導士団に所属する魔導士であり、蒼玉戦争で没落した貴族の家に生まれ、家名再興のために魔導士としての名を成そうとしている。
 静寂の聖堂に呟きが響く。
「明後日と迫った婚姻式――やはりわたくしはメサイ様を愛することができません」
 目を開きステンドグラスの聖母を見上げる。
「なぜ神は、わたくしとフロド様の仲を引き裂こうとするのでしょうか……。なぜ、わたくしはフロド様と一緒になってはいけないのでしょうか?」
 アリアの頬に光の筋が走り、それは地面に零れ落ち、四方に弾け飛んだ。
「なぜ、なぜ、なぜ、神はわたくしに試練を課すのですか? わたくしはなぜ苦しまなければならないのですか?」
 冷たい床に両手をつき、下を向いたアリアの顔から雫がぽたぽたと地面に零れた。
「わたくしの声が届いておいでなら、答えてください! わたくしに答えを……ううっ……くっ……」
 唇を噛み締め悲しみを抑えるアリア。彼女に救いの手を差し伸べる者はいないのか?
 肩を震わせ嗚咽しながらも、自分の内に秘める感情を抑え込もうとしている。
 アリアは涙を拭いて、もう一度ステンドグラス描かれた聖母を見た。
 涙は止め処なく流れている。
「わたくしは、わたくしは人の決めた道を歩むなどできません。わたくしは、わたくしで決めた道を生きたい。愛してもいないひととなど結婚なんてできません!」
 再び咽び泣き、顔を下げるアリア。
「自分の感情に嘘をつくことはこれ以上できません。わたくしはフロド様だけに愛されて生きたい。そして、フロド様と……」
 目を瞑っても涙が溢れて来る。胸を抑えても苦しみは消えず、震えは止まらずに身体が押し潰されそうな感覚に陥り、心臓が砕けそうになる。
 静かな聖堂に自分の泣く声と心臓の鼓動だけが鳴り響く。
「フロド様と結ばれぬのならば、死んだ方がましだというのに、わたくしには死ぬ勇気もないのです。そんな自分が惨めで、結局は何もできない人間なのです」
 咽び泣く声とは別に、相手を気遣うような静かな足音が聴こえた。
 アリアの耳にも足音は届いていたが、顔を上げることができず、相手を確認することができなかった。
「また、ここで祈りを捧げていたのですね」
 アリアの背中に優しい言葉をかけたのは、アリアの侍女であった。
 言葉をかけてもアリアは振り向こうとはしなかった。いや、振り向けなかったのだ。
 侍女は何も言わずアリアを見守っていた。そして、やがてアリアが顔を上げ、侍女の方を振り向いた。
「わたくしが泣いていたなどメサイ様には決して言わないでください」
「承知しております」
 ゆっくりと立ち上がったアリアは侍女に崩れるように抱きついた。
「あなたの顔を見たら、また涙が溢れて来てしまいましたわ」
「アリア様、貴女がお嘆きなられたら、わたくしまで悲しくなってしまいます。どうか涙をお拭きになって、泣くのをお止めになってください」