傀儡師紫苑(1)夢見る都
演劇部はこの学校ではあまりイメージがよくないらしく、勧誘してもほとんど断られるのだが、今年に入ってからは勧誘の成功率が上がっていた。それも今年は二年生の転校生三人に勧誘したところ、麗慈を含めて一〇〇%の成功率だったのだ。
翔子が今年勧誘した転校生の一人目は秋葉愁斗。二年次のはじめに転校して来て、すぐに演劇部に入ることを承諾してくれた。
二人に勧誘したのが二学期のはじめに転校して来た涼宮撫子。翔子とは違うクラスなのだが、すぐに打ち解けて部活に入ってくれた。
そして、三人目が季節外れの夏の暑さが残るこの時期に転校して来た雪村麗慈であった。
演劇部の二年は最初、翔子ひとりだったのだが、これで四人となり、ついに演劇部の部員の人数が二桁に到達することができた。
だが、相手が本当に演劇部の活動をしてくれるとは限らない。翔子もそれを条件に部員の勧誘をしている。存続のためには、それも仕方ないことだった。
「文化祭が近いから放課後毎日練習してるけど、嫌だったら来なくていいから」
「俺、実は演劇経験者なんだよ」
思わぬラッキーだった。演劇部には演劇のできる者がほとんどいなかったのだ。
「本当に? だったら、帰宅部にならないでちゃんと活動してくれるってこと?」
「もちろん」
にこやかな笑顔だった。その笑顔を見た翔子も微笑んだが、あることに気が付いて、少し慌ててしまった。
「あっ、でも、今度の公演の役割はもう決まってるから、麗慈君が来てもすることないかも、どうしよう……」
「いいよ、別に、雑用でもするからさ」
「ごめんね、つまらないよね」
「いいって、いいって。次の公演からは俺が主役やるからさ、なんてね」
笑顔を絶やさない麗慈を見て、いいひとが演劇部に入ってもらえたと翔子は心から喜んだ。
「本当にありがとう。演劇部には放課後私が案内するけど、いいよねそれで?」
「ああ、いいよ。今のところいつでも暇だからね」
朝のHRが終わり、いつもどおりの授業が展開していく。この点に関しては転校生が来ても、いつもと変わらなかった。
やがて学校は終わり放課後が来た。
家に帰る者も入れば、部活に向かう者もいる。そんな中、授業道具をバッグに放り込んでいた麗慈の前に、約束どおり翔子が現れた。
「準備がよかったら案内するけど?」
「ああ、今終わったとこだから、案内してよ」
「じゃあ、私について来て」
廊下には下校する生徒たちなどがまだ多く残っている。
窓のある壁を右手にして、そのまま廊下の端まで行き、そこから階段を一階下りて二階に行く。そして、すぐ近くの渡り廊下を進んだ先に、別館として建てられたホールが存在する。
このホールは音響設備や舞台から観客席などが行き届いて整っており、学校内の敷地に建っているが、市民ホールといった感じの施設なのだ。
このホールは日曜日などになると、劇団やミュージシャンが公演をしに来るが、ここ一週間はほとんど演劇部の貸し切りだった。
ホール内の廊下を歩きながら、翔子は間じかに迫った公演の話をした。
「いつもは教室で練習してるんだけど、うちの学校の文化祭まで一週間切ってるから、本番と同じ場所で練習してるの。でもうちって弱小部なのによくホールを使わせてもらえたなぁ。あっ、そう、このホール内にはいくつかホールがあってね、私たちとは別の場所では吹奏楽部が練習してたりするんだよ」
「そう言えば、学校の見学してた時、そんなこと聞いたような気がするな。そんな季節なんだな……」
「あ、あの、ひとつ聞いてもいいかな?」
麗慈ははっとして顔を上げ、すぐに笑顔を作った。
「何でも質問しちゃっていいよ」
「どうしてこんな時期に転校して来たの? あ、別に言わなくてもいいんだけど」
こんな時期転校してくるなんて、よほどの事情があるのかもしれない。両親の仕事や家庭の複雑な事情など、想像すればいくらでも出てくる。翔子は質問をした後で、聞かなければよかったと、少し後悔をした。
「両親がいきなり離婚しちゃってさ、突然引っ越すことになっちゃって、俺も驚いてんだよねまさか両親が離婚するなんて思ってなかったし、母親に連れられていきなり引越しだもんな」
麗慈は明るい顔をして言ってはいるが、翔子は聞かない方がよかったと思った。
「ごめん、聞かない方がよかったかな……」
「別にいいって、そんなに深刻でも暗い話でもないし」
十分深刻な話のような気がするが、本人の感じ方はいろいろあるのだと思う。
このままこの話をするのも気まずいので、翔子は話題を変えることにした。
「うちの学校の文化祭って、星稜祭って名前でね、結構壮大にやるから外部からも人がいっぱい来るんだよ。でね、今の時期になると文化部はみんな張り切っててどたばたしてるんだよね」
「星稜祭か、全くひねってないな、その名前」
「たしかに中学校の名前そのまんまだもんね」
「で、意味は?」
「意味? そんなの知らないよ。でも、カッコイイ感じはするけど?」
「カッコイイか。『稜』っていうのは、多面体における平面と平面との交わりの線分のこと言うから、簡単に言っちゃうと、星と星が交わるところってことか」
「うちの学校って、そんな意味があったんだ。麗慈くんって物知りなんだね」
「こんなことで物知りだなんて言われるなんてね」
雑談をしているうちにホールの座席を抜けて、舞台の上まで来た。そこには眼鏡をかけた背の高い男子生徒が立っていた。
この男子生徒は翔子の先輩である三年の中山隼人[ナカヤマハヤト]。演劇部の部長でもある。
「やあ、こんにちは翔子さん。そちらはどなたですか?」
「こんにちは部長。この人はうちの新入部員の雪村麗慈くんです」
「また、勧誘成功したんですね。すごいね翔子さん」
隼人は微笑みながら麗慈に握手を求めた。
「よろしくね雪村くん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
相手の手を取った麗慈は軽く微笑んだ。
演劇部は麗慈を含めると全員で一〇名となる。だが、ここに集まっているのはまだ三人だけだ。
翔子は少し不満そうな顔をして辺りを見回した。
「部長、まだ、みんな来てないんですか?」
「さっき――」
「あたしはとっくに来てるわよ」
突然翔子の背後から女性の声がして、彼女は驚きながら振り返った。
「あたしが一番早く来たの」
翔子の前に立っているのは三年の鳥海麻耶[トリウミマナ]。彼女は一年生の頃から隼人ともに演劇部を続けているが、舞台に立って役を演じたことは少なく、いつも裏方の仕事をしている。
「麻那先輩来てたんですね」
「そんなことよりも、他の子たちは来てないの?」
麻那は釣りあがったキツイ目をして辺りを見回した。インテリな感じのする眼鏡のデザインのせいか、顔全体に少しキツイ印象を受ける。
しばらくして、残りの部員たちがぞろぞろとやって来た。
一年の女子三人組である早見麻衣子[ハヤミマイコ]・野々宮沙織[ノノムラサオリ]・宮下久美[ミヤシタクミ]。そして、少し遅れて翔子とは違うクラスの二年生――涼宮撫子[スズミヤナコ]。
だが、残り二人が来ない。
作品名:傀儡師紫苑(1)夢見る都 作家名:秋月あきら(秋月瑛)