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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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 暗い暗い闇の中――。
 傀儡師[クグツシ]である彼の悪夢は覚めることを知らなかった。
 彼は操ることができるからこそ、?その?心を知りたかった。

 頭まですっぽりと覆い隠す茶色い襤褸布を身に纏い、その人影は壁に寄り掛かりながら深い眠りに堕ちていた。彼が見ている夢は悪夢。寝ても覚めても彼は悪夢を見ていた。
 現実に起こる悪夢のようなできごとよりも、深い眠りの中で悪夢を見ていた方がいい。夢は所詮、夢に過ぎないのだから……。
 青白い仮面の奥で瞼が微かに動き、紫苑は眠りから覚めた。眼が見開かれ、ゆっくりと腰を浮かせ立ち上がり、遠くを眺める。
 廃工場の壊れた窓から陽の光が差し込む。その先の空よりも、さらに先にある向こう側のモノを紫苑[シオン]は見つめていた。
 ここは以前、鉄工所であった場所。買い手もつかず、取り壊しもされず、完全に放置されてしまった場所。
 襤褸布をマントのように大きく舞い揺らしながら、青白い仮面を付けた紫苑が振り向いた。
 足音も立てず姿を現した三人の影。闇に潜む黒衣に身を包んだ三人は、皆、殺気を凶器のように身に纏い、紫苑に敵意を剥き出しにしていることは間違いなかった。
 黒い三つの影が風を切るように動いた。右、左、そして正面から敵が襲い掛かって来る。だが、青白い仮面は常に無表情のまま、紫苑は動こうともしない。
 恐れで身体が動かないのではない。恐れなどないからこそ、そこを動かない。それは自信ではない、?絶対?であった。
 紫苑の手と手の間に光り輝く一筋の線が走った刹那、腕を飛び、脚が飛び、首が宙を舞い、地面に鈍い音を立てながら落ちた。全ては一瞬の出来事であった。
 バラバラに切断された刺客たちはパズルのようである。どのパーツが誰のものか、さっぱりわからない。
 血生臭さが鼻を突く中で、無表情な仮面の奥にある口が小さく呟く。
「このような小者では召喚の必要もあるまい。組織は本気で私を捕らえる気がないようだな……。しかし、なぜ?」
 地面に散らばるパーツを見下ろしていた紫苑は、しばらくして空を切るように手をすばやく動かした。手から放たれた煌くなにかが空間に一筋の傷をつくった。その傷は唸り声をあげ、空気を轟々と吸い込みながら広がり、空間に裂け目をつくったのだった。
 闇色の裂け目から悲鳴が聴こえる。泣き声が聴こえる。呻き声が聴こえる。どれも苦痛に満ちている。
 紫苑の指先が伸び、彼は声高らかに命じた。
「行け!」
 裂けた空間から〈闇〉が叫びながら飛び出した。
 腕を伸ばし紫苑が高らかに命じた。
 〈闇〉が唸り声をあげると、地面に散乱していた肉塊は、一滴の血も残さず〈闇〉に呑み込まれ、〈闇〉は空間の裂け目に還っていった。
 〈闇〉は音すらも呑み込んでしまったのか、辺りを静寂が包み込んだ。
 夜も完全に明けてしまった。
 紫苑は風に呼ばれるようにして、この場を後にして行ったのだった。

 悪夢を見続ける者が、ここにもひとりいた。
 暗闇の中に響き渡る男の壊れた嗤い声。
「ククククク……ククククク……」
 ギィィィという金属扉を開く音の後、世界を包んでいた暗闇の中に、眩い光が流れ込んで来た。開かれた扉の先には黒い影立っている。
「獲物を狩りに行く気はあるか?」
 影の言葉、それは?命令?だった。
 金属でできた冷たい箱の中で、彼は手枷と足枷を嵌められ、壁の隅で蹲りながら嗤っていた。影の言葉など全く耳に入っていない様子だ。
「ククククク……白い手を差し伸べてくれ……そしたら俺は、俺は?巣食われる?……ククッ」
「おまえには新たな躰を与えてやる。そして、奴を消去して来い」
 白い手袋を嵌めた手が差し伸べられ、鎖をジャラジャラと鳴らしながらミイラのような手が白い手を掴んだ。
「ククククク……契りを交わそう」
 痙攣する手で咎人は悪魔との契約に署名をした。

 教室のドアが開かれ、いつもと同じように教師が入って来る。どこの中学でもあるような光景。ただ、今朝はひとつだけいつもと違うことがあった。
 教室がざわめき立つ。今朝からこの教室には机がひとつ増えていた。皆の予感が的中したのだ。
「みなさんこんにちは、雪村麗慈[ユキムラレイジ]と言います」
 担任の後に入って来た青年は、溌剌とした笑顔で挨拶をした。この挨拶に女子生徒の多くがうっとりとした表情を浮かべた。なぜなら、この青年が類稀なる美青年だったからだ。
 このクラスにはこれで二人の美青年が存在することになった。今日転向して来た雪村麗慈と、二年のはじめに転向して来た秋葉愁斗[アキバシュウト]。だが、二人のタイプは違った。麗慈が精悍な顔つきをしているのに対して、愁斗は中性的な美を兼ね備えた顔つきをしていた。
 静まりのない教室で、担任の男子教師はわざとらしく咳をひとつして、出席簿の角で後ろの席を指し示した。
「あそこが今日から雪村の席になるから、着席しなさい」
 教師に言われるままに、麗慈は物音も立てない華麗な足取りで着席した。横の席に座っていた瀬名翔子[セナショウコ]はその一部始終を瞬きもせずに見つめてしまった。翔子は自分の横に設けられた席にどんな人が座るのか、このクラスで一番楽しみにしていたのだ。
 翔子の目が麗慈の目と合った。
「あっ、はじめまして、私、瀬名翔子っていいます」
「やあ、翔子ちゃんこんにちは。俺の名前はさっき言ったから知ってるよね?」
 爽やかな笑顔を向けられた翔子は、目の前にいる麗慈とは別の顔を頭に思い浮かべていた。
 ――似ている。
 顔のタイプも、しゃべり方も、全くの別の人間なのに、翔子は麗慈とある人物に共通のなにかを感じたのだった。しかし、それがなんであるのかは、はっきりとわからない。漠然となにかが似ていると感じた程度だ。
「麗慈って呼び捨てでいいから、よろしく」
 相手の声でふと我に返った翔子に、明るい顔をした麗慈の雪のように白い手が握手を求めてきた。翔子はその手を握って微笑み、ある話を切り出した。
「この学校って部活動に絶対入らないといけないんだけど、麗慈くんはどの部活に入るかもう決めた?」
「いや、まだ転校して来たばっかだから、何も決めてないけど」
 あたりまえの答えだった。麗慈はこの学校の部活や風習などについて、まだ何も知らないのだから、当然の答えと言えた。翔子の狙いはそこだった。
「だったら、うちの部活に入ってくれないかな?」
「何部?」
「演劇部なんだけど、入ってくれるだけでいいの。大丈夫、大丈夫、この学校の生徒って部活に入っても帰宅部な生徒たくさんいるから、演劇部も麗慈くんの名前だけ貸してくれればいいから、ね?」
 この学校の演劇部は弱小部の部類に入り、演劇部の副部長である翔子は、日夜部員の勧誘に励んでいたのだった。
「いいよ、入っても」
 すんなりと二つ返事で麗慈は演劇部に入ることを承諾した。これに対して翔子は少し驚いてしまった。自分から勧誘したものの、まさか、演劇部なんかに入ってくれるなんて思ってもみなかったのだ。
「本当に本当? ありがとう」