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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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 片時も放されなかった〈死〉の投げ槍が、ついに投げられた。それは光速で空気を焦がしながら飛び、紫苑の身体を貫いた。
 貫かれた紫苑の身体はそのまま投げ槍ごと地面に突き刺さった。
 投げ槍を回収しようと〈死〉が紫苑に近づいたその瞬間――紫苑の手が動き、妖糸が空間を切り裂いた。
 裂けた空間は〈闇〉とこの世を繋ぎ、〈闇〉は悲鳴があげ、泣き声をあげ、呻き声があげ、苦痛に悶えた。
「行け!」
 裂けた空間から〈闇〉が叫びながら〈死〉襲い掛かった。
 〈闇〉に〈死〉は包まれそうになるが、〈死〉は必死に抵抗して〈闇〉を振り払う。勝つのは〈闇〉か〈死〉か?
 勝利を治めたのは〈闇〉だった。
 〈死〉は〈闇〉に完全に呑まれ、〈闇〉は空間の裂け目に吸い込まれるようにして還っていった。
 轟という音を立て、空間の裂け目は閉ざされた。
 そして、紫苑の腕からは力が抜け、身体全体が槍に突き刺さりながら垂れた。
 紫苑は完全に動かなくなった。

 研究所内に侵入した紫苑は辺りを見回した。
 金属でできた冷たい廊下に警報音が鳴り響き、遠くからは大勢の走る音が聴こえる。
 紫苑の前に現れたのは、黒い防護服で身を固め、ビームライフルを構えた一団だった。その数約七名。
 紫苑を確認した一団はビームライフルによる一斉射撃を開始した。
 収束された光の粒子が一直線に伸び、紫苑の顔の横を掠め飛び、紫苑は横の通路に手から飛び込み、身体を回転させながら逃げ込んだ。
 逃げて来た横の通路の床を見ると、超合金の床が溶けている。もし、ビームの直撃を喰らっていたら、ただでは済まなかっただろう。敵は建物を多少壊しても侵入者を抹殺する気だ。
 廊下を駆け抜ける紫苑の後ろからは追っ手の足音が聴こえ、ビームが紫苑の身体を掠め飛んで行く。
 無くしたはずの紫苑の?右手?が動いた。
 廊下を塞ぐように張り巡らされる妖糸――それはまるで蜘蛛の巣のようだ。
 追っ手たちはナイフを構え、張り巡らされた妖糸に切りかかるが、妖糸はびくともしない。それどころか、妖糸は蜘蛛の巣のように手や腕に絡みついてしまった。
 妖糸は外そうとすればするほど身体に絡みつき、妖糸に捕らわれた仲間を助けようとした者の身体にも妖糸は絡みついた
 妖糸は普通の人間には切断することはできない。それができるのは人間外の力を持った者たちだけだ。
 獲物が自分の張った巣に掛かったことを確認した紫苑は、空に魔方陣を描いた。
 奇怪な紋様から〈それ〉の呻き声が聴こえた。その声を聴いた追っ手たちの顔からは血の気が失せ、身動き一つできなくなってしまった。
 空に描かれた紋様は〈死〉を呼び出した時とは異なっている。つまり、〈死〉とは別の者を召喚しようとしているのだ。
 〈それ〉は汚らしい嗚咽を漏らし、この世に巨大な蜘蛛の怪物を生み出した。
 五つの妖しく光る眼が獲物を捕らえ、蜘蛛は迷うことなく六本足で巣に掛かった獲物を喰らいに行った。
 生きたまま喰われる人々。背中で苦悶の叫びを感じながら紫苑は先を急ぐ。
 だいぶ走ったところで、追っ手の足音がまたも聴こえる。
 紫苑が横を見るとそこには金属でできた扉があった。扉には電子ロックが掛かっているが、妖糸を忍ばせることにより、いとも簡単にロックは解除された。
 部屋の中に飛び込み、再び妖糸を忍ばせロックを掛ける。扉の向こうからは大勢が走り去る足音が聴こえた。
 部屋の中は薄暗く、淡く青い光が各所に灯っている。その中でも最も輝いているのは部屋の中央にあるガラス管だった。
 ガラス管の中は液体で満たされ、裸の幼い子供が浮かんでいた。
 紫苑は妖糸を放ち、目の前にいるモノをガラス管ごと破壊しようとした。だが、急に開かれた子供の瞳を見た紫苑の腕は止まった。
 哀しそうな瞳で紫苑を見つめる子供。その哀しそうな表情を見た紫苑は、鏡に映った自分を見ているように思えてならなかった。
 そっとガラス管に触れる紫苑。
「おまえの運命はすで呪われている。だが、おまえがこれからどう生きるか、組織に飼われるか、私のように飼い主に噛み付くか、それとも別の道を選ぶかはおまえ次第だ」
 だが、紫苑にはわかっていた。この子供は一生組織からは逃げられないと……。
 部屋の奥にはいくつかの扉があり、紫苑はその中の一つに入った。
 何者かが侵入して来たことにより、その部屋の中は耳を覆いたくなるような鳴き声で満たされた。
 鳴いているのは動物たちだ。紫苑が部屋に入って来たことにより、動物たちが喚きだしたのだ。
 この動物の中ではチンパンジーが一番うるさい。金切り声をあげて、檻を手で揺さぶっている。
 犬は喉を鳴らし警戒している。猫は尾を立てて怒っているのがよくわかる。
「ここの動物たちは、人間を憎んでいるらしいな」
 紫苑はすぐにわかった。ここにいる動物たちはペットとして飼われているのではもちろんない。生物実験のためにここに閉じ込められているのだ。
 墓場で見たゾンビたちやここの動物たち、そして、さきほどの子供。この研究所はいったい何を研究しているのか?
 動物たちを尻目に紫苑は別の部屋に移動した。
 部屋の中に入った瞬間に泣き叫ぶ人間の声が聴こえた。
「お願いだから家に帰して!」
 牢屋の中には若者や幼子をひとまとめにして大勢入れられていた。
「ここから出して!」
 紫苑の視線の先で泣き叫んでいるのは若い女性だった。牢屋の中に入っている人々の中で唯一この女性だけが泣き叫んでいる。
 この女性以外の者たちは痩せこけた顔をして、何も言わず地面に座り、生気の失った顔をしていた。もう、泣き叫ぶ気力も残っていないのだろう。
 泣き叫んでいる女性の顔にはまだ精気が見受けられる。ここに入れられてまだ日が浅いのだろう。
「出して、出して、出して……」
 鉄格子に手を掛けながら泣き崩れて地面にへたり込む女性。その女性に紫苑は声を掛けた。
「ここから出たいのか?」
「ここから出してくれるの? あなた、ここの人じゃないの?」
 女性の声には少し歓喜が混じっている。
「私はこの研究所の人間でない」
「もしかして、私たちを助けに来てくれたの!?」
「違う。この部屋には立ち寄っただけだ」
「でも、ここの人じゃないんでしょ。お願いだから私をここから出して!」
「用が済んだらまたここに来る」
 冷たく言い放った紫苑は女性に背を向け歩き出した。
「待って、いかないで! ここから私を出して!」
 悲痛の叫びなど耳に入っていないように紫苑は淡々と歩き、部屋の外に出た。
 仮面の奥から深い息が吐き出された。紫苑は何を思ったか?
 沈黙が落ちた。誰も入り込めない沈黙。この場の時間は紫苑のためだけに存在を許された――。
 ふと、紫苑が顔を上げた。部屋の電気が点けられ、大勢の戦闘員が部屋の中に駆け込んで来た。
 ビームライフルが紫苑に向けられる。だが、発射される様子はない。この部屋にある機具にビームが当たることを危惧しているのだ。
 敵が自分に攻撃できないことを悟った紫苑は疾風のごとく走った。敵も紫苑を向け打つためにライフルからナイフに武器を持ち替えた。