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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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「あたしの名前はナディラ、ここの副所長よ。今は所長がお出かけ中だから、ここで問題が起きたら全部あたしのせいにされるのよね。わかったらあたしに喰われてくれないかしら?」
 紫苑の身体を包むぼろ布が風に揺れた。
「私の名は紫苑」
「紫苑……昔どこかで聞いたことがあったような……思い出せないわね。でも喰ったら思い出すと思うわ」
「ならば、力ずくで喰ってみるがいい」
 紫苑の鋼の声はナディラをよりいっそう燃え上がらせた。
 地面に一度手をつき、紫苑に飛び掛かるナディラの姿は獣ようであった
 醜悪な顔で紫苑に牙を向けるナディラ。が、紫苑には決して予想できなかった事態が起きた。
 ナディラは紫苑に襲い掛かると見せて、地面に突然開いた大穴の中に逃げ込んだのだ。紫苑は当然ナディラを追うため、穴の中に飛び込もうとしたが、それを穴から飛び出して来たあるものが阻止した。
 ナディラの消えた穴から替わりに飛び出してきたものは、全長三メートルを越すマシーンであった。
 マシーンのボディは不恰好であるが、人型である必要はない。相手を滅ぼせればそれでいいのだ。
 灰色のボディに搭載されている小口径の機関砲が紫苑を狙っている。そして、鉤爪の間に搭載されているロケット砲もまた紫苑を狙っている。
 機関砲から五〇ミリ程度の弾丸が発射された。紫苑はそれを避けようとするが、紫苑の超人的な能力を持ってしても近すぎる。
 連射された弾丸がぼろ布を貫通し、紫苑の身体が後方に吹き飛ばされた。
 地面に手をつき着地する紫苑。すぐさまマシーンの鉤爪の間からロケット砲が発射された。
 向かって来るロケット砲を交わし、爆風を背に紫苑は走る。
 煌く妖糸がマシーンに襲い掛かるが、切断することは叶わず、傷すら付いていない。時として空間をも切り裂く妖糸がびくともしないのだ。
 鉤爪が大きく振られ、そこから出る高圧電流が紫苑の身体に流れ込む。が、紫苑はびくともせずにマシーンとの間合いを取った。
 再びマシーンの鉤爪の間からロケット砲が発射された。
 物凄いスピードで迫り来るロケット砲。紫苑は微動だにせず避けなかった。
 ロケット砲と紫苑との距離が三メートルとなった時、目にも止まらぬ早さで紫苑の手が動き、ロケット砲が一瞬止まったかと思うと、すぐにロケット砲はマシーンに向かって放たれた。
 紫苑の眼前で止まったロケット砲――それは紫苑の仕業である。紫苑の妖糸がロケット砲を優しく包み込み方向を転換させたのだ。
 ロケット砲はそれを放ったものへと飛んで行く。
 マシーンは動かずにロケット砲の直撃を受けた。爆音と煙が立ち込める。そして、煙の中から無傷のマシーンが現れたではないか!
 そう、マシーンは避けることができなかったのではなく、避けるまでもないと判断したのだ。
 砂煙が少し付いただけのマシーンを見て、紫苑が呟く。
「やはりか。妖糸が効かぬのだから、ロケット砲など痛くもないということだな」
 納得したようにうなずいた紫苑の手が動く。
 妖糸が凄まじいスピードで伸び、一直線にマシーンに向かって行く。
 紫苑はいったい何をする気か? まさか、妖糸をマシーンに突き刺すというわけでもないだろう。
 学習機能により、妖糸が己のボディを傷つけることができないと知っているマシーンは微動だにしない。
 妖糸はくねりマシーンの各部を突いている。やはり、突き刺すことは不可能なのだ。
「やはり、無理か……」
 この呟きは突き刺せなかったことに対して発せられたものではない。紫苑の狙いは妖糸がマシーンの内部に侵入できるだけの隙間がないかを探すことだった。
 マシーンの内部に妖糸を侵入させ、内からマシーンを破壊しようとしたのだ。しかし、妖糸が入れそうな隙間はなかった。
 このマシーンは水中でも活動するため、水が内部に浸入できない構造になっている。そのため、細い妖糸でも内部に侵入することができなかったのだ。
 発射される機関砲を避けながら紫苑は策を練る。マシーンはその間に機関砲を打ちつつ紫苑との距離を縮めて来る。
 振り上げられる鉤爪――それは紫苑の腕を捕らえた。
 紫苑の右腕が肩から根こそぎ奪い去られた。傷口から大量の血が吹き出るが、苦しみもがく様子はない。
 飛翔する紫苑はマシーンの頭上に軽やかに降り立ち、そのまま再び飛翔する。
 地面の降り立った紫苑の背中に機関砲が浴びせられ、紫苑はよろめくがそれ以上何もない。紫苑は痛みというものを感じていないのかもしれない。
 妖糸の直接攻撃が効かないとなれば、他の方法でマシーンを倒すしかない。だが、どうやって?
 紫苑の選んだ方法とは?
「仕方あるまい、召喚を使うか」
 召喚とはそこにいながらにして、時間と空間を超越し、超常的な力を持つ異界の住人をこの世に呼び寄せること。そして、〈それ〉を使役することができれば、あらゆる望みが叶えられると云われている。
「傀儡師の召喚を観るがいい。そして、恐怖しろ!」
 紫苑の残った腕が素早く動き、それに合わせて妖糸が空に魔方陣を描く。
 奇怪な紋様が空に描かれ、〈それ〉が呻き声をあげた。
 〈それ〉の呻き声は空気を振動させ、大地を震えさせ、おぞましい〈死〉をこの世に解き放った。
 黒馬に似た怪物に跨る黒くたくましい巨大な躰。手には投げ槍と蠍の尾でできた鞭を持っている。そして、皮膚の全くない頭蓋骨には王冠が戴いている。
  二つの世界を繋ぐ門を守る者――それが〈死〉だ。
 〈死〉は紅く燃え上がる地獄の瞳でマシーンを見据えた。
 恐怖を知らないはずのマシーンが震えた。高知能を持つマシーンは恐怖を知ってしまったのだ。
 耳を覆いたくなるような〈死〉の叫びが、空気を凍らせる。
 欲望のままに〈死〉は吼えた。そして、黒馬に似た怪物は翔けた。
 機能停止状態になってしまっているマシーンに近づいた〈死〉は、蠍の鞭を大きく振るった。
 大地が墓標ごと掻っ攫われ、マシーンに強烈な一撃を浴びせた。
 あまりの衝撃にマシーンはその場で粉々に大破してしまい、大きな爆発が巻き起こり金属片が四散する。
 マシーンの破片は紫苑の足元まで飛んで来た。
「さて、これからどうするものか……」
 ため息の混じったような声を発した紫苑を〈死〉が紅の瞳で睨んでいた。
 呼び出された〈死〉はその場にいる者全てを殺戮する。呼び出-した本人である紫苑とて例外ではない。
 〈死〉は紫苑によって無理やり呼び出された。還す時も無理やりでなければならないのだ。
 妖糸が煌きを放ち、〈死〉の身体を拘束しようとした。しかし、暴れ回り抵抗する〈死〉に身体を抑えきれず、紫苑の身体が空中を振り回される。
 投げ飛ばされる形となってしまった紫苑は上空で回転し、華麗に地面に降り立った。
「一筋縄ではいかぬか」
 紫苑はまだ〈死〉に絡みついた妖糸を放していない。
 幾重にも絡み取られた〈死〉の筋肉の躍動感が、妖糸を伝わり紫苑の指先に振動を与える。
 腰を据えて紫苑は妖糸を引いた。が、引き戻そうとした妖糸は、〈死〉によって無理やり断ち切られてしまった。
 〈死〉の反撃が開始される。