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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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 隼人は演技ができるのにも関わらず、自ら裏方に回っていたのだ。それを知っていた麻那はどうしても今回の公演を成功させたかった。最後の公演は絶対に成功させなければならなかった。
 最初は順調であった練習も途中から乱れはじめた。原因は麻那と久美だった。二人とも勝手が変わり、ミスを連発してしまったのだ。
 舞台は演技だけでどうにかなるものではない。照明を点け間違えたり、音楽をかけ間違えたりしたら、その時点で観客たちは現実世界に引き戻されてしまう。
「駄目だ、いったんここ止めましょう」
 隼人の声が舞台の上に響き渡った。その声はいつもより厳しく焦りが含まれていた。
 隼人の周りに部員たちが集合する。その顔は皆険しい。誰もが息が合っていないことに自覚を持っているのだ。
 最初は麻那と久美のミスではじまり、その次にメサイとアリアのシーンでアリア役の翔子がミスをするようになって、ミスがミスを呼び全員の動きが徐々に可笑しくなってしまった。
 翔子がミスをしてしまうのは、相手役が麗慈だからだ。演技の技術的な問題ではなく、翔子が自然と麗慈を避けてしまうのだ。
 それに対して麗慈は翔子に対して何の素振りも見せない。麗慈は翔子と何もなかったように役に入り込んでいた。
 隼人は髪の毛をかき上げて頭を抱えた。
「みんなどうしたんですか。麻那と宮下さんはまだわかりますが、他の人もミスが目立ちますよ――特に翔子さん」
「はい、ごめんなさい」
 自分でも自覚しているだけに、翔子はよけいに罪の意識を感じる
「翔子さん、何かあったんですか?」
「いいえ、別に……」
 隼人に聞かれ、言葉に詰まってしまった翔子はうつむいてしまった。そんな翔子に麻那が鋭い口調で食って掛かる。
「あんたが演技に集中しないでどうするのよ! 私情を捨てて演技に集中しなさい」
「でも、麻那先輩ひどいじゃないですか! 私の事情知ってるくせにそんな言い方ないと思います」
「あんたの事情を舞台まで引きずって来ないでくれるだから、相談乗ってあげたんじゃない!」
 須藤が行方不明になったと聞いてからの麻那は、いつになくイライラして、怒りやすくなっている。
 急に麻那は麗慈を睨み付けた。
「あんたが翔子に変なことするからいけないのよ!」
「俺が?」
「そうよ」
「俺が翔子ちゃんに何したって言うんですか、麻那先輩は何を知ってるんですか?」
 麗慈の態度は少し挑発的だった。それに麻那はつい乗ってしまい、口を滑らせてしまった。
「あんたが翔子に無理やりキスしようとしたのがいけない言っんの! 翔子は愁斗が好きなんだからちょっかい出さないでくれる!」
 この言葉に回りの部員たちは凍りついた。まさか、麗慈が翔子にキスを迫ったとは、衝撃的な発言だった。
 当事者である翔子はものも言えなくなったが、やがて身体が熱を帯びて来て怒鳴り声をあげた。
「サイテーです麻那先輩! 麻那先輩なんて大ッキライ!」
 そう叫んで翔子は泣きながら走り去ってしまった。
「待ちなさい翔子!」
 頭に血が上っている麻那は自分が酷いことを言った自覚がない。
 場の空気が完全に悪くなり、一年生の久美が呆れた口調で言った。
「私帰ります」
 そのまま久美はスタスタと歩いて行ってしまい、その後を沙織が追った。
「待ってよ久美ちゃん、沙織も行くぅ〜」
 これに続いて麻衣子までも隼人に頭を下げて二人を追って行ってしまった。
 残っていた麗慈もだいぶ不機嫌そうな顔をしている。
「俺も帰らせてもらいます」
 麗慈はそう言って走ってこの場を後にした。
「もぉ、何なのみんなで勝手にしなさいよ!」
 喚き散らす麻那の前に真剣な顔をした隼人が立った。
「いい加減しろ!」
 バシンッ! と隼人の手が麻那の頬に強烈な一撃を加えた。麻那は頬を抑えてうずくまる。
「……打つんじゃないわよ!」
「いい加減にしろよ麻那。僕は怒ってるんだ」
「…………」
 麻那は泣いていた。
「あたしは、あたしは……最後の公演を成功させたいだけなのよ」
「知ってるよ。でも、麻那が輪を壊してどうするんだよ」
「知らないわよ、あたしだって壊したくて壊してるんじゃないもの。でも、そうなっちゃうんだから仕方ないでしょ……」
 体育座りをしている麻那は、嗚咽しながら身体を震わせ、うつむき何も言わなくなってしまった。
 隼人はそっと麻那の傍らに座った。
「明日みんなに謝んだよ」
「……わかってる。でも、みんな部活に来てくれないかも」
 顔を上げないまましゃべる麻那の声は震えていた。そして、隼人の服の袖をぎゅっと握り締めていた。
「じゃあ、今からまず翔子さんの家に行って謝る?」
「……今日は駄目、気分が落ち着きそうにないから」
「……じゃあさ、まず僕に謝るとか?」
 少し間があって、麻那は顔を上げた。
 涙で潤む瞳が隼人を見つめ、震える声で麻那は小さく呟いた。
「ごめんなさい」
 この言葉のお返しに隼人はニッコリと笑った。それを見た麻那も少し笑顔を見えたが、またうつむいてしまった。
 会話の無い時間が続く。そして、ややあってから隼人が適当な話題を話しはじめた。
「麻那ってさ、何で演劇やってるの? どう考えても、好きだからとは思えないんだけどさ」
「好きだよ、隼人の好きなことはあたしも好きなの」
「それってどういうこと?」
「超鈍感クンはこれだから困るわよ」
「そんなに鈍感かな、僕って?」
 うつむいていた麻那が急に顔を上げて、自分の顔を隼人の顔に重ねた。そして、すぐに離れた。
 隼人は一瞬何が起きたのかわからなかった。自分の唇に残る軟らかい感触。きっと、自分はキスをされたんだと隼人は認識した。
「あ、あのさ、今の……その、え〜と」
「……思ってたのと、何か、違うね」
「いや、だからさ、その、何ていうか」
「あたし帰るね」
「うん」
「最後の公演、頑張ろうね」
「うん」
 麻那は悪戯に笑いながら行ってしまった。
 残された隼人はしばらくの間、頭から湯気を立てながらぼーっとしてこの場に座っていた。

 学校を飛び出した翔子は、泣きながらポケットからケータイを出して、ある人物に電話をかけた。
「……今から家行っていい?」
《アタシんち来るの、爆マジ!?》
 電話の相手は撫子だった。
「うん……だって……ううっ……うっ」
 目からボロボロと涙を流し、ケータイを持つ手はぶるぶると震えていた。
《翔子、もしかして泣いたりしちゃってるの!? にゃにがどうして、どうしたの?》
「だから……うう……撫子の家行っていい?」
《翔子アタシんち知らないじゃん》
「じゃあ、迎えに来てよ」
《それ烈マジで言ってんの?》
「やっぱりいい、家の場所教えて」
《えっと、いつも別れるY字路を進むと酒屋さんがあって、その前におっきくて新しいマンションがあるから、そこの505号室》
「……わかった。電話切るね」
 撫子と話をしたせいか、翔子の気持ちが少し落ち着いた。涙が止まり、身体の震えが止まった。
 翔子はとりあえずいつも撫子と別れるY字路まで向かい、そこで自分がいつも帰る道とは違う撫子が帰る道を進んだ。
 この辺りは自転車で来たことがあるので翔子も知っている。