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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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傀儡師紫苑(1)夢見る都

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「私は愁斗くんに憧れてるだけじゃありません。本当に好きなんです。愁斗くんはアイドルなんかじゃありません!」
「ふ〜ん、愁斗の方が好きなわけ?」
「……そうです、愁斗くんが好きです」
「ふ〜ん、いい脅しのネタができたわね」
「えぇっ!? ひどい、ひどい、ひどいです麻那先輩!」
「冗談よ、あんたのことは嫌いじゃないから、からかうぐらいで本気で傷つけようとはしないわ」
「からかわれた時点で傷つきます」
「あら、そうなの。それはあんたの判断基準であたしの判断基準外」
「やられてるのは私ですけど」
「やってるのはあたしよ」
 この問題についてはどこまで行っても平行線を辿りそうなので、翔子の方が折れた。
「この件についてはいいです。それよりも、話の本題していいですか?」
「どうぞ、ぶっちゃけなさい」
「麗慈くんに告白されちゃって」
「いいじゃない、付き合いなさよ」
「だから、私は愁斗くんが好きなんです!」
「知ってるわよ。そんなに好き好き連発して恥ずかしくないの?」
 この言葉を言われた瞬間に翔子の顔は一気に沸騰した。
「からかわないでください」
「翔子みたいのってからかい甲斐があるのよね。で、コクられてどうしたの?」
「断りました。そしてら、それでも好きだって言われて、キスされそうになって、逃げたんです」
「ふ〜ん、それでさっき走って来たわけ」
「私、どうしたらいいんですか?」
「あんたがフリーでいるのがいけないのよ。早く愁斗にコクって、付き合って、愁斗に守ってもらいなさい」
「えぇっ!? あの、えっと……」
 翔子は思わず声を荒げてしまった。息も少し苦しくて荒い。
 愁斗に告白する――そうしようと昨日誓ったけど、改めて人から言われると動揺してしまう。それに、もし断られたと考えると、この世界から消えたくなってしまう。
 麻那は呆れたような顔をして翔子見つめた。
「あんたたち、どっちもどっちね」
「どういうことでしょうか?」
「愁斗もあんたのこと好きだと思う。けどね、愁斗は翔子に好かれてると思ってないみたい。あの子も隼人と一緒で超鈍感クンね」
「愁斗くんが私のことを!?」
 そんなまさか、そんなことあるはずがないと翔子は思っていた。愁斗が自分のことを好きだったら、それほどうれしいことはないけれど、そんなこと……ない。でも、何を根拠にそう思うのか?
 愁斗が自分のことを好きじゃなかった時の保険。最初から、ありえないことだと思っていれば、傷つかなくて済むと翔子は自分でも気づかないうちに思っていたのだ。
「じゃあ、ちゃっちゃか愁斗に告白してみなさい。それで何かトラブルが起きたら、またあたしに相談しなさい、そしてたらまた新しい助言をあげるから」
「……はい」
「じゃあ、部活やりに行くわよ。あんたが戻らないと練習が進まないからね」
 麻那に相談をしたのは正しかったのか。翔子の気持ちは少し楽になって、新たな問題ができて、収穫もあった。これからどうするかは翔子次第だ。

 すでに部員はほとんど集まっていた。ほとんどというのは二人来てないからだ。
 今日来ていないのは愁斗と、そして、須藤拓郎――メサイ役を演じるはずの一年生が来ていない。
 麻那は昨日に引き続きご立腹だった。
「愁斗は今日も学校休みだったの?」
 翔子は麻那に睨まれて、背筋をピンと伸ばした。
「は、はい、今日も休みでした」
「一年! 須藤はどうだったの!」
 理不尽な麻那の怒鳴りに、女子三人組は後ろに大きく下がった。
 女子三人組の状況はこうだ。野々宮沙織は完全に怯えて宮下久美の後ろに隠れてぶるぶる震えている。久美はどうでもいいような感じで上の空。そして、早見麻衣子が代表して前に出た。
「須藤くんは今日もお休みだったみたいです」
「この大事な時期に休みっていうの!」
 カリカリしている麻那の肩に隼人がそっと手を乗せた。
「まあまあ、仕方ないと思うよ。須藤くんにもいろいろ事情があると思うし」
「でも、やっと漕ぎ着けた公演でしょ! ここでおじゃんなんてあたしは嫌よ!」
 麻那は隼人の襟首に掴みかかった。
「あんたはいつもそう、周りに流されて、自分のやりたいことを押し込めて」
「仕方ないだろ、来てないんだから!」
 隼人は怒鳴り声をあげた。思わず部員たちは身体を強張らせた。部長が怒ったのを誰もがはじめて見た。
 沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは彼女だった。
「あら、みんな練習はどうしたのかしら?」
 この場に現れたのは顧問の森下麗子先生だった。
 翔子はすぐに森下先生に駆け寄った。
「森下先生が練習見に来るなんて珍しいですね」
「大事な話があって来たのよ」
 いつのなく森下先生は真剣な顔をしていた。先ほどのこともあり部員たちは全員黙ってしまっている。
「一年生の須藤拓郎が行方不明なのよ。家出かもしれないし、何か事件に巻き込まれたのかもしれないけど、とにかく行方不明なの。それをあたなたちに伝えに来たのよ。じゃあ私は臨時の職員会議があるから」
 森下先生がいなくなっても声が出なかった。誰もが愕然としてしまい、頭を抱えてしまった。
 あまりにも急な出来事。それも、最悪の出来事が起きた。
 演劇部の活動は決して順調とは言えない。それでも、ここ数日間は世話しなく動いていた。それが突然の急ブレーキを踏まれてしまったのだ。
 翔子が小さく呟いた。
「公演中止ですかね?」
 誰もがその問いに答えられない中、麗慈が発言した。
「俺でよければ、メサイ役やりますけど?」
 公演まで一週間を切り、万全の準備でいつでも公演をしてもいいような状況だった。それなのに今更配役を代えるとは、無謀としか言いようがなかった。だが、今はその可能性に賭けるしかなかった。
 麻那がうなずいた。
「メサイ役は麗慈。それで、他の配役も少し代えておきましょう。隼人、フロド役できるわよね?」
「僕が?」
「みんなのセリフと動きを完璧に覚えてるのあんたしかいないんだから、愁斗がもしも当日に来れなかった時は隼人がフロドを演じるのよ。それで、宮下はあたしの補助はいいから、隼人の代わりに音響を覚えて」
 急に音響をやれと言われた久美は反論した。
「でも、先輩ひとりで照明やるんですか?」
「どうにかするわよ、その辺りは」
 撫子が大きく手を上げた。
「はい、は〜い。やっぱり二人分の衣装作り直した方がいいんですかぁ?」
「作り直すんじゃなくって、もう一着作りなさい」
 麻那の言葉に撫子は言葉も出なかった。正直、心の中では何て無理な注文をする女だと撫子は思った。
 無理な注文は続いた。
「撫子はフロド役としか絡みないから、帰ってよし。さっさと衣装作りなさい」
「爆うっそ〜!? でも、部長とアタシの練習はどうするんですかぁ?」
「隼人とならぶっつけ本番でも大丈夫よ。それよりも麗慈の練習をみっちりするわよ」
 こうして撫子が強制的に帰された後、猛練習がはじまった。
 麗慈は呑み込みも早く演技も上手だった。そして、隼人のフロドは、彼にしかできない隼人のフロドであり、その演技は完璧だった。