不思議な空間
「若いなあ。私はもうすぐ還暦です」
「お若く見えますね。現役のスポーツマンという雰囲気です」
「自転車でときどきツーリングをしてますよ。今日は車ですがね、自転車で一日二百キロ、走ったことがあります」
「一日で?……凄いパワーですね。さて、上がりますよ。ごゆっくりどうぞ」
北は少しのぼせ気味になっていた。
「そうですか。あとで一杯やりましょう」
「そうですね。軽くね。じゃあ、失礼します」
ふたりとも笑顔で別れた。北はジーンズにTシャツという服装に戻った。
彼は急な石段を注意深く下りた。民宿の主人に聞くと、貸せる釣竿はないという答えだった。如何にも申し訳ないという気持ちが、その表情に窺われた。
北は手ぶらで再び屋外へ出て行った。気温は二十度以下という気がする。空は快晴で、風は弱かった。
更に坂を下りて砂浜まで歩いて行くと、彼と同年輩らしいふたりの女性とすれ違った。そのふたりは夢中で何か話していた。ふたりとも染めている髪は長くなかった。更に歩いて行くと、今度はもう少し若い女性がひとりで歩いて来た。きれいな長い髪が印象的だ。
北はやはり無言のまま眼を逸らしてすれ違った。