不思議な空間
「忘れましたけど、聞いたような名前でした」
「三箇月は長いなぁ。気になりますね」と、北。
「そうでしょう。宿代は原稿料が送られてきたら必ず払うと云うんです。だけど気になってときどき催促しました。すると雑誌に連載中だという原稿を見せるんです。それが達筆でねぇ。読むといい文章なんです。それを見て信用してしまいました」
「でも、逃げられたんですね?」と、佐島。
「その通り。偽作家だったんです」
「偽作家!」と、由紀が声をあげた。
「毎日朝から晩まで真面目に書いてましたから、本物の作家だと信じていました。驚きましたねえ。その偽作家はね、本物の作家よりも先のほうを書いてたんです!」
「本物より先をですか?!」
「そうなんですよ。大したものです。何年も前から全国を転々として、そういうことをしてたんですねぇ。捕まったあと、獄中から本物の作家に礼状が届いたそうです」
「偽作家から礼状ですか!」と、聖子。
「先生にはひとかたならぬお世話になりってね」
大爆笑になった。
「偽作家が全国を旅する小説。読んでみたい」
と、由紀が云った。