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不思議な空間

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彼は急いで身体を洗うと、広くて趣のある岩風呂に入った。彼は驚かされた。そこからは右手の海の向こうに、高く荘厳な山々が長く連なり、まだ蒼い空の色を宿す残雪が山肌に複雑な紋様を描いているのを、遥かに望むことができた。それは、生涯忘れることのできないだろう、絶景と呼ぶに相応しい、息をのむ美しい風景だった。北はこの上なく気持ちのいい岩風呂に浸かりながら、爽やかな風に吹かれている。透明で清らかな印象の湯が、顕著な効能を予感させる。来て良かったと、彼は心から思った。
 竿を借りられたら、風呂上りに釣りでもしてみたい。或いは海岸を散策しながら海鳥の観察でもしてみようか。夕食後は海岸で星空を眺めてもいい。そんなことも、彼は思った。
 入浴が疲れを取ると云われている。それを北が実感したのは、初めてのことかも知れない。早朝から十時間以上も車を運転してきたというのに、不思議なことに疲労感は急速に薄れて行った。翌朝になれば、何か素晴らしいことがありそうな気もした。
「こんにちは」
 振り向くとやや大柄でやや太めの、ゆったりと話をする丸顔の男の姿があった。年齢は五十過ぎだろうか。その表情はにこやかで、如何にも円満な人格を感じさせた。
「こんにちは」
「たまには一人旅もいいものですね」中年男はそう云いながら、北と離れているものの、肩を並べる形で湯に入った。
作品名:不思議な空間 作家名:マナーモード