不思議な空間
「あっ!やっと思い出しました」祥子が驚きの声を挙げた。「そうそう。北さんでしたね。わたしを憶えてませんか?」
「えっ?……もしかしてタクシーに乗車して頂きました?」
「先週ですよ。歌舞伎町から川崎まで」
「……新宿は滅多に行きませんけど……」
「ほら、写真のカードが助手席の前にあるでしょ。あれを見ました。北さんね。間違いありません」
乗務員証のことだった。北はもうすぐそれを更新するために、江東区の南砂町まで行かなければならない。
「北さん。こんな美女を忘れちゃ、いけません」
佐島が笑いながら云った。
「お客様のお顔を拝見できない場合が多いんです」
先週の深夜、西新宿のホテルまで、白金から酔ったカップルを乗せた。それを北は漸く思い出したが、新宿から乗車した客は記憶にない。
「……残念ですが、思い出せません」
「絵のお話をしたんですよ。忘れましたか?」
やはり、思い出せない。
「ほかの車ですね……」
「わたし、大師公園の近くに住んでます」