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てっしゅう
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「愛されたい」 第八章 約束の日

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「何故バカなの?関係ないことじゃないの。私があなたに何か我慢できないことをした?嫌な思いをさせるようなことを言った?私のほうこそあなたの身勝手な振る舞いをずっと我慢してきたのよ。離婚してって言うなら私からそう言える筈よ」
「ふん、いい気なもんだな。いつからそんな偉そうになったんだ。心の中でおれの事、バカにしていたんだろう。前の男と比べて・・・」
「信じられない・・・あなたのことそんなふうに思ったことなどなかったのに。もう話すこと無いわ。あなたの仰るとおりにしましょう」
「初めからごたごた言わずにそうすれば気持ちよかったのに。じゃあ手続きはおれがするから。子供たちにはお前から話しておいてくれ」
「あなた、もう戻れないわよ、紙にサインしたら・・・いいのね?」
「そんなこと解ってるよ。それから、高志が大学を出て就職したらこの家を売ったお金を半分ずつ分けて、それが慰謝料だから納得してくれ」
「そこまで考えていたのね・・・わかりました」

自分の部屋に戻って智子は考えていた。このタイミングで切り出してきた夫は何か気付いていたのだろうか。そんなことは絶対にないと自分に言い聞かせた。もし気付かれていたら責めるだろうから知られてはいないと思えるのだ。離婚届にサインするまで横井と二人だけで逢うのは止めようと、決めた。

そして日曜日がやって来た。智子は横井と美咲の話が終わったら一緒にご飯を食べようと高志と出かける準備をしていた。あらかじめ、メールで知らせておいた。後押しをしたかったのだ。何も約束出来ずに終わったら、また逢うのに手間が掛かると懸念されたから、はっきりとどうするのか一緒に考えてあげようと高志と話し合ったのだ。

待ち合わせのファミレスに美咲は入ってきた。

入り口から入ってきた美咲を横井はすぐに見つけた。「待ち合わせているんです」と店員に言って、美咲は中を見渡した。手を振っている懐かしい顔が目に入った。近づいてくる美咲はもうすっかり大人になっていた。胸も膨らんでいたし、髪も長くしていたし、ふっくらとしたその身体からは色気すら感じられた。

「お父さん!変わってないね」
「美咲か・・・信じられないよ。きれいになったなあ・・・すっかり大人だ」横井は顔や身体をじっと見た。
「恥ずかしいよ。そんなに見ないで・・・」
「ごめん・・・」そういって前に座った娘の手を握った。柔らかくて女の手をしていた。美咲には懐かしい父親の手だった。

ドリンクバーからアイスティーを持ってきて飲み始めた美咲は、高志と付き合っていることを話し始めた。
「高志さんと付き合っているの。お父さんは・・・怒らない?」
「なぜ怒るんだ?好きな人が出来て仲良くするなんていい事じゃないか」
「お母さんには内緒にしているの。きっとまだ早いって叱られそうだから」
「話したらいいよ。怒られたりなんかしないから」
「うん、ありがとう」
「美咲、お父さんを許してくれるかい?」
「判らない・・・本当のことを教えてくれたら許せるかも知れないけど」
「そうだな。何が知りたい?」
「どうしてお母さんと仲がよかったのに、浮気なんかしたの?」
「お母さんがそう言ったのか?」
「お父さんが浮気したから許せないってそう言ったよ」
「ふ〜ん、美咲はお父さんが浮気をしたって思っているんだね?」
「違うの?だってお父さん私に何も言ってくれなかったから、お母さんの言う通りなんだって思ってた」
「毎日家に帰って美咲の顔を見ることが楽しみだったんだよ。遅くなったときもお前の寝室で寝顔を見て気持ちが和らいでいた。そんな美咲に悲しい思いをさせるようなことをお父さんがするわけないよ。それだけは信じてくれ」
「じゃあ、お母さんはなぜ浮気をしているって言ったの?」
「誤解だよ。お父さんの仕事は周りがみんな女性だから、ちょっとしたやり取りでも噂がたったりするんだ。お茶したり食事したりはよくあったよ。でもそれだけだったし。お父さんだって解らないんだよ」

美咲は解らなくなってしまった。母がなぜ父の浮気を自分に言ったのかが。

「なあ美咲、もう5年も経っているんだ。昔のことは忘れてこれからはお父さんと時々逢ってくれないか?」
「お母さんがなんて言うか・・・解らない」
「お前の意思で決められないのか?」
「そういう訳じゃないけど、お母さんこのごろ寂しそうにしているから、お父さんと逢うって言ったら悲しむだろうって思ったの」
「優しいなあ、美咲は。高志くんも幸せだろうな。そうか、寂しくしているのか・・・どうしたらいいかなあ」
「お父さんはお母さんとやり直せないの?」
「やり直す?また一緒に暮らすって言うこと?」
「そう、誤解が解けたら出来るんじゃないの?私からも話すから、そうしようよ」
「美咲・・・お父さん、お母さんを恨んでなんかいないよ。お前を育ててくれてむしろ感謝している。でも、やり直そうって言う気持ちはない。きっとお母さんだって同じだよ」
「どうしてそう言い切れるの?私に隠していることがあるんじゃない?」

美咲の鋭い質問に横井は焦った。智子から絶対に言わないようにと言われていたことを強く自分に言い聞かせた。

「お父さん、好きな人がいるんだ・・・ごめん、こんな事言って・・・お前と離れて5年経ってもう逢えないって思っていたから寂しくなって、偶然出逢った人と付き合うようになった。もっと早く美咲と逢えていたら、お母さんとのことも考えられたかも知れない。ごめん・・・許してくれ」
「そうだったの・・・お父さんの気持ちだから、美咲が反対出来ることじゃないね。お母さんに美咲から話してみる。お父さん、その人と結婚したらもう美咲のことなんか忘れてしまうの?」
「何言ってるんだ!そんなことあるわけないじゃないか。お前がよければ一緒に暮らしたいって思ってるよ」
「うん、よかった。ずっと美咲のお父さんでいてね」

横井は美咲と一緒に暮らしたいと思った。しかしそれは智子との結婚を否定することになるかも知れないと複雑な思いに駆られていた。

美咲の母親で横井の前妻は高橋香里と言った。昭和30年の生まれだから今年43歳になる。智子より3歳年下になる。実家が美容院だったので香里も後を継いで美容師になったが、美咲が生まれて子育てのために仕事を辞めてしまった。今は母親の美容院を手伝いながら美咲と暮らしている。

美咲が感じていた母親の寂しさは孤独感でも一人身から来るものでもなかった。性格のよい素直な美咲には母親がそう見えていたのだろう。真実はもっと美咲を驚かせるようなことだった。

「美咲、お昼食べてゆかないか?」
「うん、じゃあお母さんにメールしておくね」
「そうしなさい。それからお父さん一緒にご飯食べたい人、呼んでもいいかな?」
「新しくお母さんになる人?」
「違うよ。高志君と智子さんだよ」
「約束してたの?」
「さっき一緒にご飯食べようってメールが来たから・・・美咲に聞いてからって思ったんだ」
「私は構わないよ。4人なら楽しくなりそう」
「そうだな、じゃあ電話する・・・俺だ、こっちに来てくれないか・・・うん、じゃあ待ってる」
「ねえ?お父さんの好きな人ってどんな人なの?教えて」
「気になるのか?」