「深淵」 最上の愛 第一章
「警視正、今日はこれまでにしてください。この時間ですし、仕事も始まりますから」
「そうね、ゴメンなさいね。つき合わせちゃって。ねえ?今度ゆっくり聞いてくれない?」
「はい、いつでも誘って下さい。では、失礼します」そう言って職場に戻っていった。
周りを見ると食堂に居るのは絵美一人だけになっていた。忘れたことなど一日も無かった思い出がまた強く甦ってしまった。気分を取り直して大きく深呼吸をして席を立った。携帯が鳴った。相手は及川からだった。
「警視正、今竹下真奈美のアパートに来ています。自身のシャブは認めましたが、同棲中の男から貰っていたそうで、一樹会の組員らしいです」
「ご苦労様。男の名前は?」
「籾山伸次25歳。住所不定。森岡が事務所に電話して居場所聞いています。解り次第向かいますので着いたら電話します」
「解ったわ。私もそちらに行くから、男の居場所解ったら直ぐに教えて」
「了解です」
「森岡や、小野田さんいるか?」
「はい、ちょっと待ってください」
「小野田です。何ですか?」
「聞きたいことがあるんや。最初に言うとくけど隠したら今回はあかんで!殺人事件がからんどるから、容赦せえへんさかいにな」
「わかりました。言うて下さい」
「籾山伸次の居場所教えてんか」
「籾山・・・誰やそれ?おい、誰か知っとるか?・・・森岡はん、わし知らんけど知っとるやつおるで代わるわ」
「なんや組員と違うのか?」
「最近顔出しとる見たいやな・・・待ってや」
「早よしい」
「代わりました。籾山は地下街で女刑事さんに頭下げた奴ですわ。居場所は岡町の近くのアパートに女と住んどります。女の名前は・・・」
「なんやて!籾山って石田のことやったんか。騙されたな・・・なんで自分の女、売りよったんかな」
「よう解りまへんけど、電話番号言いましょか?」
「あかんねん。携帯変わっとる。新しい番号知ってるのか?」
「解りませんけど・・・この番号ですわ」
聞かされた番号は、真奈美が知っていたものと同じだった。森岡は自分たちがはめられたような気がしていた。
「小野田さんに変わってくれ」
「はい、待ってください」
「小野田さん、至急調べて携帯に返事してくれませんか?籾山の居場所知らせてくれたら俺と及川、警視正の三人でかたつけるさかいに・・・知らんて言い張るなら、直ぐに応援頼んで緊急配備するで。当然事務所も家宅捜査されるわ」
「解った・・・ちょっと時間くれ。連絡するから」
「おおきに、番号知ってるか?」
「解ります」
「警部、組長から連絡する言いましたわ。ちょっと待ってください」
「そうか、ようやったな。何で気付かれたんやろう?」
「警視正が投げ飛ばしたときに、何か身の危険感じたんとちゃいますか」
「そう考えたら、事件と関係していることになるで」
「はい、そう思います」
森岡の携帯がなった。
「小野田さんか・・・うん、そうか、おおきに。直ぐに向かうわ」
「警部!解りましたわ。兄貴って読んでる奴の所に隠れとるようです。神戸ですけどどうします?」
「兵庫県警か・・・厄介やな。警視正から連絡してもらおうか?」
「直ぐに電話します」
「森岡です。場所わかりました。神戸市内です。一樹会の上の組織の組員のところに隠れているそうですわ。捜査どうしましょう?」
「私から兵庫県警には電話を入れておくから、直ぐに現場に向かって!私も向かうから、詳しい場所着いたら教えて」
「はい、了解しました」
「警部、行きましょか?」
「OK出たんか?」
「はい、向かってくれと言われました」
「よっしゃ、竹下真奈美連行しょう」
森岡は真奈美に着替えるように指示して、手錠をはめて車に乗せた。
「籾山が見つかって事件と関係が無かったら開放するから、それまで我慢してや」及川はそう言ってエンジンをかけ車を出した。
「真奈美、聞きたいことあるねん。籾山の兄貴って誰か知っとるか?聞いたこと無いか?」
「知らへんわ」
「つれない言い方やな。どんなことでもええねん。聞いたこと無かったか?」
「ない言うてるやんか。あの人、組のことは何も話せへん人やったから」
「そうか、仲良くしてる奴でも覚えてないか?」
「及川さん、言うときますけど一緒に住んでてもあの人違う女連れ込みますねん。わたしも何人かのうちの一人やさかいに、何でもかんでも話してくれるような仲とちゃいますよ」
「そりゃ可哀そうやな。ついで言うけど、ここの場所教えたのは籾山本人やで」
「なんでやの?」
「解らんけど、時間稼ぎしたんやろ。義理立てることないんちゃうか?」
「あのひと何も話さんかったわ。気まぐれにここに来て抱いてゆくだけやったから」
「シャブはどうしたんや?」
「抱き賃やてくれたわ」
「あかんで、もう止めや。辛いやろうけど。ここには籾山は来ないやろ。多分違う女のところへ行ったわ」
「刑事さん・・・籾山って何しよりましたん?」
「殺人の疑いや」
「ほんま!・・・怖なってきたわ」
「危険が及ばんようにしたるさかいに、話してくれへんか?」
「すんません・・・何も知らんよってに」
「わかった。これからちゃんと生きなあかんで。変な男と付き合うのは止めとき」
「ほんなら、刑事さん付き合ってくれはる?」
「何言うてんねん。好みちゃうわ」
「遊びでもええねん・・・会ったときからカッコええ人やってずっと思ってたから。あかんか?」
「無理や。他探し」
「うちらみたいな女は不潔やって思ってるんやろ」
「そうやな」
「やっぱり・・・みんなそう思ってるからここから抜け出されへんねん。悪いのはあんたらの方や」
及川が口を挟んだ。
「森岡、言われたな・・・真奈美、止めたかったら勇気出せ」
「助けてくれるんか?」
「助けたる!」
「言うは易し、行なうは難し、や世の中は」
「難しい言葉知ってるやんけ。頭ええな」
「高校、大手前やったんや」
「うそやろ?なんで、今みたいになったんや?」
大手前高校は大阪市内でも有名な進学校だった。真奈美が身を落とした訳を、及川と森岡は聞かされた。
「うち、高校までは真面目やったんや。大学に入ってしばらくしたらな、父親が借金作って女と駆け落ちしたんや」
「あかんやっちゃなあ、何で借金したんや?」
「ギャンブルや。会社も辞めて金借りられへんようになって、闇金に手を出したんや。ちょっとしてから学校帰りにつけられて呼び止められたんや、籾山に」
「闇金の取立てやってたんやな」
「お前の父親金返せへんだけやのうて、どっかに行ってしもうたから困ってるねん。お嬢さん助けてくれはらへんか?そう言われた」
「お前のせいや無いから払う必要ないんやで。どうしてん?」
「知りません、って言うたんやけど、近所にばらして学校へも行けんようにしたるで、ええんか?って脅されたんや」
「あいつらの手やな」
「バイトで少しずつ返してたんやけど、追いつかなくて、学校も辞めて長い時間働くように頑張ったけど、金利がすごくて追いつかへんかった」
「なんぼ借りててん?」
作品名:「深淵」 最上の愛 第一章 作家名:てっしゅう