「深淵」 最上の愛 第一章
「始めは10やったらしいけど、一年待たされたから金利合わせて100やって言いよった。5〜6万ずつ返してたけど直ぐに金利が追い越して、お姉ちゃん早よ返さんと倍になるで、そして直ぐにまた倍になるで、どうすんねん!って迫られたんや」
「それでソープに入ったんか?」
「ええ仕事紹介したるって言われて、着いて行ったら、あそこやった・・・イヤやって帰ろうとしたんやけど、客待ってると無理やり中に入れられて・・・言うこと利かせたる、って注射打たれた」
「シャブ漬けにされたんやな。可哀そうに・・・義理なんて立てんでもええさいかいに、全部話し!わしらがしょっ引いてお仕置きしたるさかいに」
「兄貴って呼んでる奴は山中組の誰かやと思いますわ。夏海が知ってると思うけど、もう調べたんか?」
「真木夏海か?顔見知りか」
「あの子は可愛いし、一樹会の店ではナンバーワンやったから誰でも知ってるわ。たぶん一緒に住んでいる奴が兄貴やと思うけどなあ」
「ええ事言うてくれた。おおきに、心配せんでもええ。お前のことは守ったる。警察の病院で薬抜け、更正してちゃんと働けるか?」
「本気で私にそう言ってくれてはるの?」
「当たり前や。俺にも娘は居る。任せとき」
及川は真奈美が可哀そうだと感じて救えるものなら救ってやりたいと思っていた。
「及川さん・・・私ちゃんと更正します。面倒見てくれますか?」
「任しとき・・・頑張りや、辛いで・・・」
「おおきに・・・泣けてくるわ。優しい言葉聞いたの初めてやさかいに」
重要な手がかりを得て及川と森岡は待ち合わせしていた神戸市内の場所で絵美と会った。
「警視正、重要な手がかり聞き出しました」森岡が報告した。
「そうか、ご苦労様。真奈美ちゃんやったね。怖がること無いよ。よく話してくれたね、お礼を言います」
「あんた女やのにこの人らより偉いの?」
「こら!早川さんは警視正といってあと1つ位が上がったら、大阪府警のトップになるぐらいの人や。失礼は許さんで」
「森岡くん、そんな事言わなくていいの!気にしないでね、真奈美ちゃん」
「幾つやの、年?」
「33よ。真奈美ちゃんは幾つ?」
「うそ、33・・・見えへんわ。独身?私は21や」
「こんな仕事してるから彼も出来ないわよ。21なの、まだこれからよね。更正しなさいよ」
「あんたも優しいね・・・警察ってええひとばかりに思えて来たわ」
「そうやで、ええひとばかりやねん、ほんまわな。顔が怖いだけや、ハハハ・・・」
「警部、誰の顔が怖いの?」
「すんません・・・警視正とちゃいますよ。森岡のことです」
「警部、ごまかしはいけませんよ。ちゃんと謝ってください。僕まで被害こうむりますから」
「まあ、いいわ。それより、居場所近くなの?」
「もう直ぐですわ。この坂上がって・・・右に曲がって、二本目を左に入って・・・ほらあそこの茶色いマンションです」
「車離して停めよう。そこ左に入って料理屋の駐車場に停めて。説明して停めさせてもらうから」
「了解です」
絵美は捜査の状況を説明して店主に車を置かせてもらえるように頼んだ。
「かまいませんからお使いください。捜査お疲れ様です」店主の言葉に「ありがとう」と礼を言って、森岡と絵美の二人がマンションに向かった。及川と手錠をはずされた真奈美は下の道で待つことになった。
玄関の前でインターホンを鳴らした。
表札には真木夏海と書かれてあった。間違いなくここに匿われていると森岡と絵美は思った。内ポケットの銃の安全装置を二人は外した。
「どなたです?」
「大阪府警の森岡や。ドアー開けなさい!」
「サツや!」
「逃げられへんで!おとなしくあけて観念し!」
なにやらもめている声がドアー越しに聞こえた。程なくドアーが開いて、女が出てきた。すらっとした美人だ。
「あんたが、夏海さんか?」
「そうですけど。なんで警察がここに来るんですか?」
「調べていることがあるねん。重要参考人の籾山が居るやろ?中に入らせてもらうで」
「籾山なんていう人来てないですよ。中に居るのは違う人だから」
「入るで」
奥の間に座っている男に森岡は質問した。
「私は大阪府警の森岡警部補や。あんた名前名乗ってんか?」
「取り調べでっか?捜査令状見せてくれはりますか?」
「そんなもん無いで。文句あるんか?怪しいなあ」
「何言うてはるんですか?礼状なしに勝手に上がりこんできて、不法侵入ですよ。知ってはるでしょ?」
絵美が口を利いた。
「警視正の早川です。礼状はありませんが、取調べ中の容疑者と同行しています。その証言に、基づいての捜査です。ご不満でしたら任意同行を求めますがどうなさいますか?」
「容疑者?だれと一緒ですか?」
「名乗っていただけたら申し上げます」
「・・・坂井って言います。弁護士です」
「弁護士さんですか・・・手回しが早いな」
「手回しって何のことですか?聞き捨てならん言い方ですよ」
「森岡くん、余計なことは言わないで・・・聞き流してください。思い込みですから。同行者は竹下真奈美です。夏海さんとは同じ職業です。誰の弁護か教えられますか?」
「裁判になってからにします。任意同行しましょう。明日の午前中に府警に寄らせていただきます」
「そうですか。では今日はこれで帰りますが、真木夏海は午後5時30分現行犯逮捕します」
「容疑は?」
「麻薬取締法違反です。証拠要りますか?」
「わかりました・・・彼女の弁護も引き受けることになります」
「では、明日の午前中に取調室で・・・森岡くん手錠して。連行するわよ」
「はい、おとなしくしろよ」
手錠をかけられて夏海は車に乗せられた。真奈美を見て、
「あんただれ?私を売ったの・・・殺されるわよ」
そう一言だけ言った。
作品名:「深淵」 最上の愛 第一章 作家名:てっしゅう