小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

星に願いを

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 


翌朝、男は戦場に立っていた。昨今の連戦によって国は消耗しきっていた。東方に、圧倒的な軍事力を背景に次々と小国を吸収し今や世界の大半を手中に治める国が現れた。その国が、腐敗した政治家のために斜陽の一途を辿るこの国に目を付けるのは時間の問題であった。保身と哲学と男色に耽る政治家達に反して勇猛を誇る軍部がなんとか侵攻を防いでいるものの、消耗は著しく、この男のような素人まで駆り出される有様である。

この国はもう長くない……
でも、だからこそ……

男は少女を守りたかった。少女の居る自分の故郷を守りたかった。自分の愛する故郷が、敵兵に蹂躙されることは考えたくなかった。少女が猛り狂った敵兵の慰み者にされるのは耐えられなかった。だから、男は徴兵に応じたのである。

しかし、どうだ……この光景は……

正面に広がる大勢の武装した人々。その武器一つ一つが、他人の命を奪うことだけを目的とした物質。その鎧、盾、兜一つ一つが、命を奪われまいとして必死にしがみ付くことだけを目的とした物質。そして眼前に広がる人の群れ、その一人一人が目的とするのは「他人の命を奪う」という実にシンプルなこと。野蛮で原初で単純明快で残酷なこと。それだけのこと。

この光景は狂っている……
その言葉しか思い付かない……

しかし、実にプリミティブ。人間の本来の姿はここにしか無いのかも知れない。部屋の中に引き込もり、頭だけで物を考え、手を動かさず、頭の中で先走った、実に伴わない妄想を繰り広げ、それを喋っては同じような奴が口だけの反論をして、その反論に不貞腐れ、何かと言うと美少年の肛門ばかりに執着している政治家ども。そいつらに、これを見せてやりたい。男はそう思った。お前らの望んでいる人間の本質、人間の本来の姿ならば、ここに有る。

「どうした? 新入り? 戦場の毒気に当てられたか?」

一人の老練な顔付きの兵士が声をかけてくる。
毒気に当てられていることは事実なので素直に頷く。

「なぁに、一人二人殺せばすぐ慣れる。
もっとも、その一人二人殺して正気でいられればなんだがね。
それが、ここでやってけるかどうかの別れ目なんだ。
大概の奴は狂っちまって使い物にならん。
お前さんは……どっちだい?」

そのシンプルだけれども重い物言いに背筋が凍る。

「来るぞ、ヒトデナシならまた会おう!」

老練な兵士が叫ぶや否や、敵兵が一斉に駆け込んできた。方々で金属同士がぶつかる音が鳴り響く。男はどうして良いものか分からず呆然と立ちつくしていた。すると、獲り易いカモだと思ったのか、敵兵が一斉に襲いかかってくる。男は背中に背負った槍を手にとりメチャメチャに振り回す。

ぞぶり………ぞぶぶ…ゴツッ……

めちゃめちゃに振り回した槍が迫ってきた敵兵のうち一人の喉元に偶然刺さった。こんなド素人のヤケクソな槍に倒れることになった哀れな敵兵が倒れ込む。

あ、死んだ

クセェ………
汚ねぇ……
簡単だ…

初めてのヒトゴロシをして男が思ったのはこれだけだった。敵兵の中には泣き叫けぶ者、激昂する者、色んな者が居たが、一様にナマの感情を剥き出しにして男へ襲いかかってきた。

男は死にたくないので、

後に引く。
背中側に敵が居ないことを確認する。
落ちている剣を拾う。
盾を構える。
盾で防いだことを確認する。
手近な敵に剣を突き出す

を二度三度繰り返す。

腹に剣を刺すと臭くてかなわない
胸に剣を刺すと返り血が気持ち悪い

ということを学んだ。
では、今度はどこを刺せば良いのか……と考えていると。

「お前さんは合格だったみたいだな。
見てたぜ、なかなかのヒトデナシだ」

開戦前に声をかけてきた老練な兵士である。

「そろそろ相手も引くだろう。今日のは敵さんも先遣部隊だ。
こっちの防衛部隊の戦力把握が任務だから、
これ以上は突っこんでこないだろう。
あと10分も生き延びられたら今日はもう死なないで済む。
生き残れよ、ヒトデナシのルーキー!」

そうは言われても万が一ここを突破されれば故郷の街まですぐである。これが本体でないのならば少しでも殺しておきたい。男は生き延び方を覚えて余裕が出てきたせいか、気ばかりが先走っている。退却を始めた敵兵の中に単身斬り込んで3人ばかり手早く突き殺した。他に殺せそうな奴は居ないか? さながら虫の巣を見付けた猫の様子である。360度屍の山の中で立ち尽くしていると、先程安全を確認した筈の後ろから心臓を一突きにされた。死体のフリをした敵兵が居たのだ。

痛い………
熱い……
不味い…

男が感じたのはその三つであった。

せめて一太刀。
男は振り返る。
いまひとつ力の入らない腕で剣を振り上げる。
重さに任せて振り下ろす。
敵の頭を割る。

死んだ。簡単だ。

もう終りか……

男は膝を付く

が、身体に力が戻った。傷が痛くなくなった。口の中に逆流してきていた血が、もう流れてこなくなった。

思ったよりも傷が浅かったのだろうか?
いいや、心臓をひと突きにされたはずだ……
ともかく、今は生きている。

「おーい、大丈夫かー?」

先程の老練した兵士が様子を見にきたようだ。

「馬鹿野郎が!
見込みの有る奴だと思っていた矢先に無茶しやがって!
そんなんじゃ命が幾つ有っても足りねぇぞ!
英雄ってのはな、生き残ってるから英雄なんだ。
逃げ足の速い、臆病者だけが英雄になれるんだ。
勘違いすんなよ!」

この夜、生き残った男達の武勇伝は尽きることは無かった。
傷を負っても死なない、何故か浅い傷で済む、傷の治りが早い、この男は、この後、各地を転戦する中で、数多くの武功を挙げる。10の戦場を駆け抜けた頃には半ば伝説の英雄と化していた。この男の所属する部隊は戦争の重要ないくつかの局面において成果を残す。その甲斐も有って、圧倒的な戦力差が有りながらも膠着状態へと導くことが出来た。やがて大軍を率いていた敵国は補給が困難となり、一時停戦を申し出てきたのである。土地が広大な訳でも取り立てて肥沃な訳でもない。かと言ってこの西側に有る国を攻めるための戦略的価値が有る訳でもない。そんな土地に、これだけ頑強に抵抗されるのならば、わざわざ攻略を急ぐ必要も無いだろう。しばらくは攻めてこないはずである。事実上の休戦である。ほとぼりが冷めた頃、腐敗した政治家相手に搦手に回ることだろう。

作品名:星に願いを 作家名:t_ishida