写真 終章
幸子が着ている このパジャマは・・ あの 少し 心細い微笑は・・・・・
そして、あの時、どうしても一緒に写真に写ろうとはしなかった ワケとは・・・・
少し微笑んで、それっきり幸子は 残りの片目も閉じてしまった。
私は泣きながら、幸子の涙のあとを そっとぬぐってやりながら、押し寄せる感情の嵐の中で、今までの人生を、今までの美幸を 今までの幸子を 洗いざらい思い出そうとしていた。
なにより、自分自身の今までをすべて、嘔吐のように吐き出してしまおうとしていた。
私は一体 誰を幸せに出来ただろう。 響子を失い、相手の親を不幸にし、そして、 美幸と幸子と一緒になって、これで明るい光が見えてきたんだ、、と思い込んでいた時から、またこの親子を、不幸せにしてきただけではないのか・・・
夜が白々と明けて来たころ。 幸子は状態が急変した。
美幸が廊下を叫びながら走り、幸子の病室へ飛び込んできた時には、幸子はもう呼吸をしていなかった。
医師が、瞳孔を覗き込み、脈をとり、「心停止」を確認した。
「午前、6時33分でした。 お気の毒でした。」 と二人の看護師と共にお辞儀をして
部屋を出ていった。
私は 少し 離れたところで座ったまま この母と子に 深々と 頭を下げているだけだった。
私は、もう死んでしまおう、と決めていた。
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二日後、
白い煙が 蒼い空に 立ち登っていく。
寒い 寒い 正午前。
幸子の遺骨と一緒に、自宅に戻ったころには、 祭壇は片付けられており、簡単なものが しつらえてあった。
写真の側に お骨を置く。
「それでは・・私どもは・・一旦・・ 」と 葬祭社の人が 辞去の挨拶をするのを ぼんやりと聞いていた。 玄関で、妻が 深々と頭を下げ、 お礼を述べている。
やがて、あくる日には、実家の父親が、甥っことともに博多へと、 そして叔母も、「又 初七日には来るからね・・」と言い残して 帰っていった。
お線香を新しく 差し替えて、 手を合わせた。 写真の幸子は『聡君』が湘南のデートの際に撮ってくれたもので、明るい日焼けした頬の笑顔だ。
私は「鈴棒」をとり、そっと三度 それを鳴らす。
そしてまた あの「眩暈」が襲ってきた。
突然、目の前が真っ暗になった。 自分が鳴らした鈴の音が 大音響となって、耳に突き刺さる感じだった。
憶えているのは、そこまでだ。
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突然、玄関のベルが鳴った。
「ただいま~~! あなた~~? カギ忘れちゃってて・・ ああ、開いてるのね なんだ・・パパ~~」
そんな声がしたが、まるで夢うつつの狭間で聞いているような、そんな声。
突然、ビクっと驚いたように、私は『目が覚めた』
目を開けると 真上から 妻がニコニコしながら、覗き込んでいる。
「ただいま!」
「ああ おかえり・・・??」
「居眠りしてたのね? フフフ ああ 幸子は? 」
「ああ、・・ まだだ。 連絡がないから もう帰ってくるんじゃないか?・・」
「そう 、 着替えたらすぐ支度するわね」 そう言いながら二階へと・・・
・・・ なんだ 一体、これは・・
どっかで同じ光景を見たような ・・ デジャブ・・か?・・
やがてエプロン姿で美幸が 降りてきて。。
「さっちゃんは、しょうがないわねぇ・・ もう明日はお式なのに! ヤレヤレ・・」
うきうきした様子で、妻はキッチンへ行く。
「お式? 明日??・・・・」
カレンダーを見た。
「今日は、、2009年 9月28日・・日曜日・・ ???・・」
たしか。。挙式は、来春のはずだったが。。
やがて、玄関から幸子の弾んだ声が聞えた。
「ただいま~~♪」
「ああ、遅くなっちゃった~ 彼と独身最後のデートしてきたの♪ でもね、悲しい映画でね。
ふる~~い 映画なの。 泣いちゃった! 彼もよ 」
幸子は楽しそうにコロコロと笑っている。
「幸子~ 早く着替えてらっしゃい ! 今夜は我が家で最後の晩餐・・、あ、縁起でもないか・・
アハハ! 」
「おか・・え・・・り・・」 と私。
これは、一体 なにがどうなってるんだ・・ 私は自分の手のひらを見た。
「パパ、さっきからなんて顔してるの? 今夜は考えてみたら御寿司を頼んであったの。 もうすぐ出前が届く時間よ。 手を洗ってきたら? (笑) 」 美幸は弾んだ声で言った。
・・・・
「そうだ! アルバムだ! 」
私は気づかれないように、「その戸棚」を開けて、「あのアルバム」を出して急いでページをめくった。
「いな・・い・・ 『幸子』が いない・・ 」 心臓が早鐘を打つように音をたてている。
いや、幸子は、そこにいた。 「私ら夫婦の間に」 チョコンと収まって あの天使のような笑顔で。。
体じゅうの力が抜けていくようだった。 そしてとめどなく涙が溢れ出てきた。
その顔で、ぼーっとキッチンへ行くと、笑われた。
「あらあら、幸子の最後の「挨拶」の前から パパったら、もう。。」と、美幸は苦笑いをする。
「あ!そうだった! それをしなきゃだわね! 食事の前に済ませとこうっと!」と幸子。
「いいよ。。そんなの・・・」と私が言うと、妻は急に 「キッ」とした顔になって
「いけません! これはこれ! 幸子はあなたと私のたった一人の娘なのよ? はい! そこに座ってね!」
居ずまいを正して、美幸も隣に来た。 幸子はゆっくりと私らの前に正座する。
「こんな日が来るなんて・・ね・・ 」 妻がそっとつぶやいた。
「 、、、、 、、、 」
幸子は真顔になって、
「今日まで私を育てていただいて、本当にありがとうございました・・ 明日 私は お嫁にいきます・・。 」
両手、両指をついて「お別れの挨拶と感謝」を述べ、深く、長いお辞儀をした。
涙で幸子の姿が かすんでいた。
もうそれを止めようがなかった。 限りない安堵と喜びの開放感と共に、心でつぶやいた。
「何もなかったんだ・・ あれも これも、みんな 「夢」だったんだ・・」と心からなにか、、「大いなる何か」に対して感謝した。 そして詫びた。 心から ・・
それを見た幸子は急に泣き顔になって、そのまま顔を押さえ、二階の部屋に上がって行ってしまった。
「あらぁ~~・・・パパが泣かしちゃった~~・・ 」