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NIGHT PHANTASM

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17.レストインピース(3/5)



心が、音をたてて砕け散った。
背に刺さったナイフの感触を忘れないまま、ティエは支えをなくし――ひざをついた後、うつぶせに倒れた。
意識は途切れていない。苦しみ喘ぐ声を、双子が無感情の仮面のままで聞いていた。

――違う。
私じゃない。自分はそう、言いたかったのかもしれない。後ろめたいことなど、何もなかった。
血の匂いに引き寄せられ、その先で惨劇と、生き残り震える双子を見つけた。ただ、それだけだった。だが、惨劇を食い止めることはかなわなかった。
自分の非力さを悔い、だからあの場で、お前が殺したんだと言われ肯定も否定もしなかったのかもしれない。
いや。
復讐に燃やす憎しみが、二人を生かす心臓になってくれればいい、そんな期待もあった。だから、言わなかった。誤解されたままで、生きてきた。
そのうちに二人は記憶を喪失し、もう戻らないものだと思っていた。
「……待って」
倒れたまま、苦しげにティエは口を開いた。扉に手をかけ、まさに部屋を出んとしていた二人が機械のような動きで振り返る。
鏡写しの二人は、何を言うこともなかった。
「……どこへ、行ってきたの」
「私達の、本当の墓ですよ。マスター。帰る場所を、見つけたんです。現実に戻る鍵が、やっと見つかったんです」
「……どこへ、行こうというの」
「……もっと」

「もっと、暗く……深く、寒い場所へ」

それが最後のやりとりだった。静かに扉は閉じられ、部屋にはティエだけが残される。この調子では、ジルベールも生きてはいまい。
先ほどの銃声は、アンナがジルベールを撃った証拠だったのだ。ティエの瞳に、いくつもの面影が浮かんでは消えていく。この部屋で幾度と交わした会話。
見つめあった瞳。通じ合った心。過ごしてきた歳月が、繰り返し流れて、焼きついて止まらない。立ち上がる力すら、今のティエにはなかった。



「不安かい、アンナ」
エントランス、二人は手を繋いだままで立ち止まっていた。アンナが、屋敷の外に出ることをためらったのだ。ちらりと見た先は、ジルベールの部屋に続く扉だった。
「……ジルベール」
――何故、撃てなかったの? ジルベール……。撃てば、そこで悪夢は終わっていたのに。
覚えている。ジルベールが、うろたえ、強がりながらも、最後までトリガーにかける指に力を入れきれなかったという事実を。
アンナは、心のどこかで、誰よりも馬鹿な彼女が自分という怪物を殺してくれるものだと期待していた。そこで全てが終わればいいのにと、全てをゆだねた。
だが、ジルベールは結局引き金をひけなかった。ためらい、それでいて命乞いをすることもなく、アンナに殺められ終わらない眠りの世界へと落ちていく。
わからない。
パスポートを捨てずに持っているような、卑怯な人間が何故、自分を撃てなかったのか。重ねてきた罪を、業の重さを知っているはずなのに。
間を置いて、アンナは考えを振り払った。過ぎてしまった過去はもう、時計の針であっても刻めない。
ルイーゼと繋ぐ手にかける力を強め、正面扉へとまっすぐに顔を上げる。
「いいえ。……いきましょう、姉さん。どこまででも」
「ああ。どこまでだって、行ける。アンナと一緒なら」
そして二人は、扉を開けた。


一番に異常を訴えたのは、聴覚だった。鼓膜が破れ、音という音がトゲのように二人を襲う。それにならうようにして、全身を鉛弾が貫いた。
体内に残ってしまったものもあるが、蜂の巣というのはこういった状態を言うのだ――力をなくし、倒れながら二人は思う。
全身から、何もかもが抜けていく。痛みを感じるまでにタイムラグが生じ、焼け付くような熱さが全身を包む。意識は、すぐには手放せなかった。頬に水がかかる。
それは、血だったのかもしれない。つないだ手を離さないよう――それだけを強く思いながら、受け身も取れずに地面へ落ちる。
殺気が、二人を取り囲んでいた。
ざわざわと周囲が騒がしい。だが、わかるのは気配だけで、何を言っているのか、誰なのか、何人なのか――それは一片すらつかめない。
意識が、揺れている。強烈な眠気。目を開けていることすら、辛い。
アンナは、声すら出せない喉を酷使して、姉の名を呼ぼうとした。重く、痛み続ける首を姉の方へと向けた。
そして、知る。
雨だ――雨が降っている。痛いほどの青空だというのに、静かにやさしい雨が血まみれの二人を洗ってくれている。全てが赦される予兆だとすれば、これは――。
「ねえ、さん……」
空が、きれいね――――それが、彼女の最期の言葉になった。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴