NIGHT PHANTASM
16.哀しき祈り(3/4)
一番、会いたくない相手に会ってしまった。
それが、顔を合わせてすぐの二人の考えだった。屋敷に入ってすぐ、エントランスに立たれていては無視するわけにもいかない。
「ジルベール、久しいわね」
それでも、アンナはあくまで平静を保っていた。馬鹿の顔はいつ見ても馬鹿だが、毎日くどいほどに顔を合わせるのとは感覚が違う。
それは、相手も同じだったらしい。なんとも、変な部分で似通っている二人である。ルイーゼはというと、関係ないとばかりに見当違いの方向を見ている。
「旅行は楽しかったか?」
「貴方といるより、ずっといいわ。では、失礼。マスターに挨拶が済んでいないの」
「待て」
「何」
――平静を、保っていたはずだった。だが、次の瞬間にはお互い睨みをきかせ牽制しあっている。おそらく、この関係は一生改善されないことだろう。
ジルベールは、生意気なくせにティエに気に入られているアンナが気に入らない。
アンナは、馬鹿なくせにマスターに気に入られているジルベールが気に入らない。
「何人殺した?」
「さあ」
大げさに片手で頭を抱えてみせるジルベールを冷ややかに見た後、アンナは階段を静かに上り始めた。ルイーゼも、無言でそれに続く。
吸血鬼の館に住んでおきながら、人間を殺したくらいで動じるとは、なんと薬のつけようもない馬鹿なのだろう。
今更すぎて、ため息も出ない。
「騒がしいわよ、ジルベ……」
ティエは、いつもの部屋で窓の外の月を眺めていた。扉の開いた音を聞き、振り返ったまま、言葉も途中で途切れる。思いもしない二人が、そこに立っていた。
いや、いつ帰ってきても不思議ではなかった。だが、指折り数えるたびにいやになって考えないようにしていた。その方が、訪れる喜びに驚くことができる。
――そう、このように。
「お久しぶりです、マスター」
「先ほど戻りました」
深く頭を垂れる二人。そのさまを見て、ティエは無意識に口元に手をあてていた。嬉しさに、言葉が出ない唇をぎこちない手つきで触れる。
一歩足を進めると、こつり、と音が響いた。駆け寄るほど親馬鹿ではないが、嬉しさを隠し切れない事実は否定できない。
何が嬉しいといえば、二人の気配が変化していることである。どこか吹っ切れたようなその様子に、ピリピリとしたものは感じられない。
それが伝えるものは、悪い知らせではない――そんな気がした。
「……おかえり」
遅れて、ジルベールが部屋を訪れた。アンナを一瞬嫌そうに見たが、すぐに視線を戻す。
「全員揃ったようで」
肩をすくめて、困ったようでありながらも微笑んだ。彼女なりに、二人の帰宅を喜んでいるらしい。閉じた扉を背もたれに、腕を組んでよりかかった。
皮肉めいた口ぶりや仕草は、彼女の悪い癖だ。それとお節介な性格がなければ、アンナとももう少し打ち解けられただろうに。おそらく、犬猿の仲は死んでも変わらないだろう。
言葉通り全員揃った中、ティエはどこかぼんやりとしていた。仕切り導く立場にあるはずが、どこか上の空になっている。
「……マスター、何か?」
「え? あ、いえ……もしかしたら、またどこかに出かけるのではないかと思って……」
「いえ、用は済ましてきましたので。特別な用ができない限りは、大丈夫です」
「そう、それはよかった」
「で、ティエ? 全員集まったところで、何かするの?」
「しないけれど?」
「はい?」
「え? ……こういう時って、何か……しなければいけないの? 何をするの?」
「あ、いや……」
――そうか、相手は吸血鬼だった。
ジルベールは、何となく恥ずかしい気分になった。人間の常識に当てはまる生き物ではないのだ、ティエも、ルイーゼとアンナも。
文化や価値観が違ってもなんら不思議ではない。しかし、その方が幸いでもあった。あまり、お祭り事は好みにそわない。
全員が、揃った。
この事実だけで十分なのだと――そう思う中、静かに夜は更けていった。
作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴