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NIGHT PHANTASM

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16.哀しき祈り(4/4)



それは日課だった。
使っていても使っていなくとも、決まった時刻になると、相棒のナイフを取り出ししつこく離れない血や脂を拭き取る。
時間が経つとそれは錆のように固まって意地を張るために、ほとんどは汚したその場で拭うのだが、やはり完全にとはいかない。
切れ味に問題はないようだった。
もて遊ぶように振ってみると、濁らない音とともに刃が風を切る。アンナはそれを見るなりくすりと笑い、次の得物に手をつけた。
「アンナ?」
その時、近くの椅子に腰かけ、同じく得物の手入れをしていたルイーゼが疑問のまなざしとともに名を呼んだ。
作業の手を止めたまま、まぶたをぱちぱちと瞬かせる。対するアンナは、視線を上げることもなくただ定められた順序のままに手を動かしつづけた。
「……何?」
「銃の手入れなんて、珍しい」
「私が使うものじゃ……ないからね」
「うん?」
怪訝な表情のまま、ルイーゼはアンナの挙動を観察し続けた。いくつもの銃をアンナは所持しているが、使用することはほとんどない。
使ったとして、決まって同じものを選ぶ。だが、今手入れしているそれはいつものものと同系統ではあるが長らく使っていないモデルだった。
念入りに、丁寧に、壊れ物を扱うアンナの指先は器用なものだ。だが、わざわざ使い慣れない得物を選ぶ意味がなんなのか、ルイーゼにはわかりかねる。
「……長い夜ね」
アンナがふと、呟いた。
低いものの通りのいい声が、夜気に染み付いて見えない彩りを作り出す。
「ああ」
「姉さん、あなたはトリガーを引ける?」
そう言い、アンナは手入れの終わった銃をルイーゼにつきつけた。引き金に指をかけ、感情のない瞳が闇の中で一点を見る。
「成長したね、アンナ」
「……?」
気にもとめず、その得物を下ろせと言わんばかりに手で闇を払うルイーゼ。予想のしない反応にとまどいつつも、アンナは銃をベッドの上へと置き手放した。
言葉の続きを待っていると、それはすぐに訪れてくれた。
「外見から想像もつかないほど、銃は重い。そんな相棒の声はいつも乾いていた。……なつかしいな、今ではもう、体の一部みたいなものだ」
「あれから、長い時間が経ったわ。私はね……底にたどり着いたと思ってたの。ここが一番暗いんだ、ここが一番深い場所なんだって」
「……」
「でも、違ったのね……」
伏せた睫毛が、月光に照らされ陰影を鮮やかなものにする。目元に描かれる影模様は、美しくも、人間を戦慄させるような、危うさに満ちていた。


二人は一人だった。
しかし、胎の内で何故か二つに分けられ、二つの体に一つの心を有する双子となった。
全ては主の導きなのか。安らげるしとねを求めて、二人は最後の夢を見る。月が落ちて、次に昇る頃、全ては終わっている――世界はあるべき姿になる。
その先に何があるかはわからない。
どうなってしまうかすら、二人にはわからない。
長い夢を、見ているような気がした。それが現実なのだと勘違いしてしまうほどに、濃く鮮やかな夢を。その夢の中でも、二人は一緒だった。
胎は違っても、同じ星のもとに生まれ、ともに生き、だが――二人の気持ちは近すぎるあまりにすれ違い、果てに絶望を生み出した。そこから、螺旋が生まれた。
ゆっくりと、羊水の中で編まれていく命の形。何度も何度も命は生き場所を違え、そのたびに還りゆく。
「……ひとつ、ふたつ」
数えながら、石を積む。
数えながら、カードを引き続ける。そのたびに運命はすれ違い、違う世界を奏で、命を明日へ運んでいく。
「もうやめればいいのに」
石を積み、散らばった無数のカードの上にいる命の炎に、死神が呆れ顔で言った。一つにくくった黒髪は風に揺れ、背中の黒い翼は羽ばたくと同時に強い風を起こした。
風が、裂けて飛散していく。
色鮮やかな花畑は、彼岸花の群れに変わった。腐ったような色をした大地、石だらけで危うい川のほとり、あるべき世界。終わりの姿。
「やめなって、もう。何でこう、現世に固執するかね。仕事をさせてくれよ、仕事を」
そう言い、死神は左腕を伸ばす。開いたてのひらに、無から生まれた数え切れない黒い羽根が集まり、それは鎌の形に変じた。
炎が、積む石を持ったまま死神を見る。呆れたまま、死神は言葉をつむぐ。
「痛みのない世界なんて、ない。皆幸せ? 夢を見るのは結構大いに結構。だがね……夢は、夢でしかないんだ。叶わない夢なんて数え切れないほどある。そう、そうして積んでいく石のように、たくさん」
「……」
炎が、揺れた。
「うん?」
鎌を持ったまま、死神がその声に耳を近づける。

「今回も、無理みたい。それでも……待っていたい」


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴