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NIGHT PHANTASM

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16.哀しき祈り(1/4)



「姉さん」
朝の、柔らかな日差しが広くとられた窓から差し込んでいた。
揺れはない。
「姉さん、起きて……」
白い世界は日差しの色に塗りかえられ、現実へと回帰させる。まぶたを上げて見た世界は、現実だった。


見慣れた景色の中を歩く。二人は、屋敷に戻る時間を決めかねていた。ささいな問題ではあるのだが、今までの経験がまだ体に染み付いており、昼間に堂々と屋敷の門を叩くのはためらわれた。
「ご注文は?」
「え? ああ……ミルクか、水」
ルイーゼが心底面倒くさそうに返すと、隣のアンナもそれにならった。何故、このような時間からバーまがいの店に入ったのか――思い出せない。
ぼんやりとした意識を引きずり出すように、背後から低めながらも通りのいい、意思の強そうな声が響いた。
「おっさん、二人分、お任せで。ああ、あんまりきついのと高いのはよしておくれよ」
「おっさんはないだろ、おっさんは」
バーの主人らしき男が、苦笑する。どうやら、見知った仲らしい。
ルイーゼは関係ない客だろうと思いそのままの体勢でいたが、アンナはついつい興味とデジャヴを感じて振り向いた。そして、驚きとともに声をあげる。
「あ」
「よ、嬢ちゃん。……違った、ぼっちゃん。友達には会えたかい?」
胸元ほどの高さまで上げた手とともに挨拶を示したその女は(厳密には女ではないのだが)、半年ほど前にアンナがデュッセルドルフで出会った娼婦だった。
髪型こそ別人かのように変わっているが、顔立ちに違いはない。
つられてルイーゼも女の方を見たが、気の無いまなざしであることに違いはなかった。
「同じ顔」
「双子なんです。あ……えっと」
「ん? ああ。ビアンカだよ、お兄さんなんて言ったらぶつからね? ああ、おっさん。私のも適当に」
言うなり、大げさに高笑いをしながらアンナの隣に座る。カウンター席ということで何も問題はなく、そうでなくてもこの時間だ。店は空いている。
「アンナ、こっちは姉のルイーゼです」
「どうも」
「アンナ? ああ、まあ、色々あるわな。それで? 昼間っから少年少女が、こんな日陰で何をしてるわけ?」
「え、ああ……」
アンナが言いかけたところで、自らの前に出されたグラスに気付き――その色が水でもミルクでもないことに気付き、疑問の目でビアンカを見つめる。
ルイーゼの前にも同様のものが並んでいた。匂いをかがずとも、それが酒であることは明らかだった。
「ビールばっかも飽きるだろ?」
「……」
ビールはどんな味だっただろう、とアンナは考えた。だが、飲んだ覚えはあるような気もするし、ないような気もする。
「あ、もしかして飲めない? それならいいよ、私が勝手に頼んだだけだから。私が飲む」
「飲めます」
「よしよし、そうこなくっちゃね」
――この人は、まだ日も完全にのぼりきらぬ時間だということを忘れているのではないか。
しかし、それを言ってしまうとこの店の存在理由がなくなってしまう。毒物が入っている様子はないが、舌で一応の確認をしてからアンナはグラスに注がれた分を一気に飲みほしてみせた。
ビアンカが大げさに拍手する。蚊帳の外にいるも同然のルイーゼは、マイペースに飲んでいた。
「もっときついのいける?」
「いけます」
「ぼっちゃん、無理すると彼女が泣くよ?」
「いけます」
「よし、それでこそ見込んだ価値があるってもんよ。おっさん、もっと持ってきて! こないだ日本人の客が言ってたよ、嫌な事は酒を浴びて忘れるのが一番だってね!」

結局、そのようなやりとりが数時間続いたが、アンナもビアンカも潰れることはなかった。後半には主人も上機嫌になり、サービスと称して何かと振る舞ってくれる。
どさくさにまぎれて、ルイーゼもそれなりの量を飲んでいたようだ。
勘定はビアンカがもつと言って聞かず、二人は黙ってそれに従った。店を出て、道を歩きながら世間話をかわす。その先に、何が待つかも知らずに。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴