NIGHT PHANTASM
15.空の墓標(4/4)
――二人は立っていた。
探しに探し、ようやく見つけた約束の地に。驚きに表情を染めながらも、冷静でいるのは、うすうす予感できていたからだろう。
二人分の、空の墓標がそこにはあった。
「……ルイーゼ、それにアンナ。やっと、辿り着いた。ごめんなさい、時間がかかってしまった」
言いながら、アンナが姿勢を落とし墓石を感慨深く見つめる。自分の名が、そして姉の名が刻まれた墓。死んだ年数を計算すると、二人は十歳にも満たない年齢で死んだことになる。
事件はそれほどまでに、マスターと出会ってから重ねた歳月はそこまで長いものだったのか――そっと、墓碑銘をなでる。
「犯人は見つからなかった。代わりにあの時、マスターと出会った」
「マスターは、父さんや母さんを殺したことに肯定も否定もしなかった。ただ、憎いのなら私を刺しなさいとだけ言って」
「アンナ。どうやら私達は、もう少し夢の続きを見なければならないらしい」
「待って。この墓が、同名の別人のものだという可能性は?」
「隣の二つは、両親の名が刻まれてる……気になるというのなら、掘り返すけど……私達にあまり時間は残っていない」
「そうね」
そして、静かに二人は立ち上がり、墓を――村を後にした。
二人はあの夜確かに、死んでいた。ということは、今ここにいる二人は生きていないということになる。生を証明してくれる人間はみな、消した。
あと一人――いや、あと二人。
全てを終わらせなければいけない。舞台は、終幕が近い。乾ききった風が、二人の後を追うように吹いていた。
――自分達には、墓がある。
つまり、帰るべき家はそこだ。マスター、そしてマスターの棲む屋敷では、ない。
屋敷へ戻る途中、二人はほとんど会話をかわさなかった。話さずとも、何をすべきかはもうわかっている。これからの未来が見えている。
――本当の亡霊になったその時、私達は一体どうするというのだろう。
不安はあった。だがもう、そうするしか手がないのだ。生まれたからには、人生をまっとうせねばならない。死ぬ時が来たら、その時に死ぬ。
来なければ、来るまで生きる。ただ、それだけなのかもしれない。アンナが視線を窓の外から外すと、ルイーゼはまぶたを閉じて眠っていた。
夢を見ているのか、そうでないのかはわからない。規則正しい揺れにつられて、ついつい意識を手放してしまったのだろう。以前の彼女には考えられない反応だ。
「……」
黙って、アンナはそれを見つめる。彼女にも眠気の波が押し寄せるまでに、そう時間はかからなかった。
どうせ、長い列車の旅になる。
目を閉じて、次に開けた時にはきっと見知った風景がある。そう思い込んで、そっと目を閉じた。
一面の白い、いや、無色の世界の中に、その吸血鬼は立っていた。
長く伸ばした黒い髪はゆるい波を描き、漆黒のドレスは夜空を塗りつぶす黒いベルベットにも似て、手袋に隠れたその両の手は一体何を求めてさまようのか誰も知ることがない。
ここは何もない場所。忘却の荒野。
長身であるにも関わらず、すらりと立つその姿には無駄がない。振り向くしぐさは、凛と力強くあった。暗くも紅い双眸が、こちらを見つめる。
かたく閉ざされた色のない唇は、一体どのような声が発せられるのか。
誰が彼女に触れられることだろう。
誰が彼女の心を癒してあげられることだろう。
まばたきのたびに、長い睫毛が伏せられる。いつ生まれたのか、どうしてここにいるのか、それは黒に包まれた吸血鬼にもわからない。
誰かのために生まれ、自分のために涙を流し、いつ終わるかも知れぬ孤独の中、ずっとひざを抱えるようにして待っていた。
迎えが来ることを。
誰かが自分に手を差し伸べてくれる時を。
何か問題事が起こると、決まって彼女は言う――困ったように笑って。
「夜は必ず明ける。雨は必ずあがり虹を映す。なんて、残酷なことかしら」
倒れることより、また立ち上がることが辛い。そう、弱音を漏らしたのは彼女が今よりもずっと若く幼い頃だった。
「けれど、信じたい」
――犠牲の上に成り立ってきた積み木の城も、いつかは平等に死という安息を与えてくれる。死ぬまでに見る夢、それにどれだけの価値があるのかしら?
作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴