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NIGHT PHANTASM

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15.空の墓標(3/4)



「……イツキ」
「……?」
「私の日本名は、富岡樹。佐賀で生まれて、八歳の時京都に移った。その次は、十三を迎える直前に福岡に移り、そのまま学生時代を過ごした」
「……」
ティエの赤い瞳から、狂気が消えた。自力で我を取り戻したのだろう、樹は信じていない神様にこの時深く感謝した。
黙っていては、いけない。何でもいい、喋らなければとジルベールは言葉を続ける。
「親友がいた。一人は嫁いで遠くへ行って、一人は自殺した。私と電話していたその時だ。いきなり反応しなくなって、その後家にかけても出なかった。彼女は自室にいると言っていたが、嘘だった! あいつは、京はそばのマンションの十一階から飛び降りて……即死だった。知識ばっかりたくわえたやつで、飛び降りたへりには百円玉が六枚置いてあった。遺書はなかった」
「……」
「私はわかってやれなかった、救ってやれなかった! 正直で理屈屋だから、学生の頃から友達がいない奴で、でも私とは気が合ったみたいで仲良くしてた。あいつには双子の姉がいたんだ。でも、生まれる前に死んだって言ってた。何で自分だけがのうのうと生まれてきてしまったんだろう、っていつも繰り返して。夜は月を見るのが好きで、電話してる時も、その話をしてた。姉さんは月にいるんだって、だから自分が迎えにいくんだって言って……でも、そんな話誰も信じなかった。信じて励ましていたのは私だけだった!!」
捨てた記憶をなぞりながら、ジルベールは肩を震わせ泣いていた。
京の死に対してのショックを引きずったまま、現実に適応できなくなった樹という人間は、衝動的に自殺未遂を繰り返した後、突然ドイツへ単身渡った。
家族の誰に知らせることもなく、大きな荷物を背負うこともなく。
「耐えられなかった。日本人として生まれて、日本語を話して、それがたまらなく不快で、世界の果てがあるとすればそこに逃げたいと思っていた。ドイツへ来たのは、学生時代にドイツ人の友人がいたからだ。私がそれまでに心を許したのは、三人、そして両親だけだ。事前の電話も何もしないまま、飛び込むように行った先で……あいつの家は燃えていた。あいつは精神的に参ると、マッチに火を点けてそれをただ見つめる癖があった。そうすると落ち着くんだ、炎だけが自分の罪を焼いてくれる、消してくれると言っている変な奴だった。呆然として歩く夜の中で、ティエ。お前に、出会った」
「……確かに、あの日は人の燃える匂いがしていたけれど」
「信じてくれ。お前しかいないんだ、ティエ……私を捨てないでくれ。さっきは迷った。でも、もう……お前になら殺されたっていい。帰る場所なんてここしかない。パスポートは、お前に渡す。自由にしていい、捨ててもいい。やぶってもいい。それでも私はここにいるのだから、構わない」
流されるがままにパスポートを受け取り、呆然とするティエ。
これを破ってしまえば、富岡樹という日本人は死ぬ。何を迷うことがある?
ジルベールという存在は自分だけを見てくれる、自分のもとへ何があっても帰ってくる。生きていながらも死んでいる、そんな存在になる。
――また、繰り返すのか。
「……いらない」
「ティエ?」
――また、ルイーゼとアンナのような存在を作り出すのか。ジルベールにはまだ、選択権が残っているというのに、みすみす自分がそれを奪うのか。
「いらない、私は受け取れない。ジルベール、いえ……樹。あなたが全てを決めるの。帰りたくなったら、帰るといい。逃げたくなったら、逃げて」
「……」
「でも、私はここにいる。いつだって、ここにいるから。あなたが死んでも、きっとここにいる。だから、その時は迎えに来て。きっと、その時もあなたを愛するだろうから」

先ほどとは正反対の、弱弱しいティエの体を抱きしめる。決して華奢な体ではないのに、力を入れすぎると崩れてしまいそうな儚さがあった。
小さな嗚咽。
抱いても、ティエの心にあいている穴は埋められない。だからこそ、この手を放すわけにはいかない。ティエを、独りにしてはいけない。
「ティエ」
名を呼び、翠の髪をとくようにしてなでる。表情はうかがえないものの、拒絶の意思は感じられない。
「早く、二人が帰ってくるといいな」
「……うん」
「そうしたら、四人だけで暮らそう。この先、ずっとだ。二人が表世界に下りたいと言ったら、送ってやろう。二人だけだと、寂しい。でも、我慢できるよ……私は。お前がいるから」
「ありがとう、ごめんなさい……ごめんなさい」
「もう、何も言わなくていい。……今日は、死ぬにはいい日だ」


この時ジルベールは、知らなかった。自らのパスポートの存在が、詳細が、アンナに漏れていたことを。
それゆえに、後に後悔することとなる。捨てておけば、このような事態は避けられたのにと。だが、今はただティエの存在が愛しい。
現実という夢が悪くないと思えたのも、彼女のおかげだ。ぶざまに死ぬはずだった自分を救ってくれたのも、彼女だ。死ぬまで彼女のそばで生きていたい。
死んだってかまわない。また、巡り会える。そんな気がしていた。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴