NIGHT PHANTASM
15.空の墓標(1/4)
小規模ではあるが村を一つ潰すほどの虐殺があったというのに、空は青いままだった。
風も匂いをのぞけば心地よく、自然が気休め程度の安息を与えてくれる。歩く足が重くなることもなく、疲れなんてものはどこかに忘れてきてしまった。
――悪魔か。
「それもいい」
アンナは、ひとりごちて嘲るように笑った。今まで亡霊の名で通っていたのだ、故郷が潰えた今、かつて故郷であったその場所で自分達が何と呼ばれていたとしてもかまわない。
受け入れてくれるなどというのが、そもそも無理な夢語りだったのだ。
気味悪がられ、石を投げられ、悪魔と呼ばれ。
あの事件の夜から、何十年も経っている。二人は遺体もなく、行方不明扱いとされてもここまで時間が経過すればとっくに死亡扱いになっていることだろう。
平和な田舎で起きた凄惨な一家(というには未遂に終わっているが)殺人事件。
気味の悪い事件を、村人はみな引きずって生きていた。そこに、ある日何のきっかけもなく事件に巻き込まれたはずの『成長した二人』が戻ってくる。
それでは、よかった、ではなく畏怖を持って接されて当たり前だ。
都会ではあれば違ったかもしれない。
妄信的な、つまりは神様なんて誰も信じてやいないのと一緒で、文化はすでに昔の面影もなく、まばたきする間に時代は変わっていく。
誰もささいな事件を覚えてはいないし、迷信を信じることすらないだろう。
だが、運悪くここは閉鎖されたも同じの田舎だった。
夢を見るのが、そもそもばかげていた。
どこからきて、どこへゆくのか。
それが人の疑問の終着であり、ゆえに、それが夢となる。
救いの一つは、絶たれた。
立ち止まらない双子を囲む風景は、一歩ごとに少しずつ変わっていく。コマ送りの世界が、出来の悪い映画のように続いている。
そこは、墓地だった。
知っている人物の名を探すため、丘へと到る通り道、生と死が色濃い場所に行きたかった、理由なんて今の二人には何だって構わない。
石の十字架は、何も語らない。墓碑銘はこれから、見知った誰にも読まれることがなく、時が過ぎ朽ちていくことだろう。
「ちょっと、丘の上を見てくる。人が来たら、この事態の生き残りだと説明するか、殺してしまえ」
「わかった」
返事を聞くなり、ルイーゼは駆け足でゆるやかな坂をのぼっていった。二人で行けばいいのにと、アンナは不思議そうな表情をはりつけたままで並ぶ墓石を見る。
知っている名前も、いくつかあった。
それが自分達の生前に死んだものなのか、自分達がティエのもとへいってから死んだものなのかは思い出せない。
面影をなぞっても、なつかしさなどわいてこない。そんなむなしい感情は、とうに捨てた。
墓石という木が作り出す森の奥へ、アンナはいざなわれる。数え切れない命の存在証明に囲まれて、そして、引っ張られて。
「……」
丘の上にほどなくして辿り着いたルイーゼは、一人村の遠景を眺めた。確かに、絵葉書そのものの世界だ。
その確認もほどほどに、墓地を高みから見る。自分が思い出せる限りの生前の記憶の目を覚まさせて、増えた墓石の場所と数を計る。
自分達が故郷に拒絶され本当の亡霊になってしまうとすれば、その前に確認しておかなければならないものがある。
証拠を探さなければならない。
自分達が死んだという、証拠を。
――造花がかぶった埃をはらいながら、ティエは二人の身を案じていた。
どこで何をしているのか、全くわからない。もう、いくつ二人のいない夜を越えたのか。目を離してはいけない年頃ではない、ただ、心配なのだ。
屈折した精神を土に、日常に適応しうる草木が育つかどうか。人間を傷つけてもいい。殺してもいい。捕まったとて、それで死ぬ二人ではない。
「でもね、あなた達は……」
モダンローズを模した花を、そっとなでる。決して枯れることのない花。偽物は本物の一番美しい時を模倣したまま、時計を止めている。
二人の面影が重なる。今までの二人は、いってみれば人形だ。何かが過剰であり、また同時に何かが決定的に欠けていた。
「私はどこで、間違ってしまったんでしょうね」
自らの思いを払拭しきれず、ティエはジルベールに助けを乞うようにして部屋を後にした。
作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴