NIGHT PHANTASM
14.終わりの風景(4/5)
「違うわ」
珍しく、アンナがだんまりを止めた。ナイフを牽制するようにもて遊びながら、意地の悪い笑みを浮かべる。
「私達は亡霊。悪魔の犬とでも、なんとでもいうがいい。いいのよ? もう一度殺されたって。……できるものなら」
その威圧に、群がる村人が一歩後退する。
まだ、確証がとれていない。本人達が認めたとはいえ、それだけの理由で手を出していいものか迷っているのだろう。
しかし、ほとんどの人間は覚えている。年齢を重ねても変わらない、二人の顔を。面影を残す声を。そして――。
「やめてくださいっ!!」
群がる中で、誰かが暴れていた。ちらりと見えるその服、髪――イルマだった。おそらく、久しい旅人に温かい食事と寝床、そしてもてなしをと村人に訪れを伝えにいったのだろう。
まさかこのような事態になるとは、若い彼女にはわかるまい。数十年前に起きた、平和な田舎を震撼させた凄惨な事件と、それに残る謎を彼女は知らないのだから。
「イルマ!」
「やめて、二人は悪魔なんかじゃない! 偶然訪れた、旅の方なんです!! 皆さん、そんな物騒なものは早く置いて! やめてくださいっ!!」
やがてもみあいになるさまを、二人は無表情に見つめていた。
戻ったこの地は、故郷だと信じていた。
だが、それは大きな思い違いだったようだ。目の前に広がる全ては、殺さなくてはいけない、追いかけてくる怪物にも似た過去だったのだ。
ルイーゼの、得物を握る手に力がこもる。
これから、村人を一人残らず消さなければならない。それにはまず、目の前の障害をどける必要がある。死んだ人間を殺そうなどとは、ばかな考えをもったものだ。
「イルマ」
ルイーゼが、静かに名を呼んだ。
だが、騒ぎ立つ中だ。そんな声が彼女に届くはずもない。もう一度、呼んだ。今度は、教会中に響くような咆哮で。
「イルマッ!!」
ざわめきが、止んだ。イルマが、乱れた衣服を直さないままきょとんと二人を見ている。
人の名は祈りだ。
祈ったばかりに、こんな事態になろうとは。同情こそしないが、皮肉めいた哀れみなら少しは用意できる。
「あなたを、殺します」
「……ルイーゼ、さん……?」
「きっと、私達と違って瑠璃色の世界へ行けることでしょう。その時は伝えてください、あなたの母に――ルイーゼとアンナは、とても感謝していたと」
「ル……」
言葉は、かき消えた。
合図もなく、二人がトランクを置いたままで飛び出したのだ。椅子を足がかりに飛び越え、跳躍するがままに死をいざない踊る。
悲鳴。
鮮血。
混乱の中で抵抗する村人は、断末魔をあげる間もなく。一人、また一人と血だまりに倒れていく。イルマを後回しにしたのは、場所的な都合と少しのためらいからだったが、
何故だろう。同情はないと感じていたはずなのに、彼女だけは苦しまずに綺麗に殺してあげたいと思った。
全てがスローモーションに変わる中で、イルマの修道服が自らの血に汚れる。衝撃とともに意識を失った彼女は、二度と目覚めない眠りについた。
もう、帰る場所など――あの屋敷以外にないのだと知った。
自分の存在を知っている全てを、消す。生きていた証拠を潰していく。狭い村だ、手分けして一人残らず処分するのにそう時間はかからなかった。
不意をつかれたのだ。隠れる暇などなく、おそらくは全員処分し終えただろう。静まり返った街の広場で、返り血に濡れた二人が立っていた。
「行こうか、アンナ」
「ええ」
教会に置いたままのトランクを回収し、かつての自宅へと歩き出す。自然の匂いに混じり、濃密な死臭と血の匂いが辺りを満たしていた。
発見されるまでの時間は、さすがの二人でも計算できない。街へ出ていた村人が戻ってくる可能性もある、街の人間が何らかの理由でここを訪れる場合もある。
知らなければ、こんな最期を迎えずに済んだのに。
死体の山が、ただただ哀れだった。同時にそれは、ゴミの山に見えた。スクラップが幾重にも積み重なり、やがて腐っていく。
イルマだけは確実に一撃でしとめたが、乱戦であったせいもあり他の人間がどれだけ死という眠りにつくまで苦しんだかはわからない。
教会の鐘は、鳴らない。
日が高くなっても、広場に陽気な声は聞こえてこない。
夢から覚めて、ただ漠然とした倦怠感だけが二人の背中にのしかかっていた。
作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴