NIGHT PHANTASM
14.終わりの風景(1/5)
列車は、地続きにいつまでも続いているのではと思わせるほど長い線路を辿り走っていた。
それに伴う揺れにそっと体を預けると、とても心地よい。まぶたを下ろすと、そのまま眠りの世界へいざなわれてしまいそうだ。
窓の外に切り取られた風景は、しばらく立派な街並みを映していたが、今になってはもう緑が広がるばかりだ。家が点在していても、すぐに通り過ぎる。
マスターである、ティエはいつかの時にこう言った。
――吸血鬼は、大地より生まれ、大地の上で生き、そして、大地の上で死にゆく。
最終的に待つのは、回帰なのだという。体は土に帰り、心は海へと還る。そして、魂は果てなき空へと落ちていく。
ティエが飛行機を嫌うのは、そういった価値観、死生観ゆえだった。生きながら雲の上へと手を伸ばすなど、おこがましい。ちっぽけな命がやっていい範囲を越えている。
それにならい育ってきた双子もまた、一時的にとはいえ大地を離れることには抵抗があった。
空港はさすがに、目的地にはないだろう。
だが、何日も列車に揺られるより効率のいい移動手段があったのではないか。
「……怖れているのかもしれない」
頬杖をつき、窓の外を見つめていたルイーゼがふと呟いた。それは、自然と口に出た独り言に他ならなかったが、向かいのアンナにはしっかりと聞こえていたらしい。
「何が?」
「私達は、人間に戻れるのかもしれない。……戻れないところまで来た、そう思っていたのに。人殺しの帰る故郷などないと信じていた」
「……」
「怖いんだ。私達は過去を探し、過去へ赴き、それを殺そうとしている。その先に何がある? だって、もう私達は……」
「やめて」
優しい制止とともに、ルイーゼの空いた手へとアンナの両の手がそっと乗せられた。包み込むようにしてすくわれた手のひらは、相手の熱をじんわりと感じている。
アンナが、続きをつむいだ。
「何も、言わないで……姉さん、もういいの。何があっても私は貴方のそばにいるわ。だから、今は何も言わないで」
「……わかった」
頷くと同時に、おろされたままのオリーブグレイの美しい髪が揺れた。列車の旅はもうじき、終わりを迎える。
「アンナ」
駅を出て、古めかしいトランクを抱えたルイーゼは、一番に妹の姿を探した。後ろをついてきていたはずなのに、どこにもいない。
辺りを見渡すと、はじめての風景の中に見慣れた姿が目に入った。慌しく、そしてぎこちなくアンナが荷物とともに駅を出てくる。その時、ルイーゼは見た。
はためく黒いコートに隠された、腰のベルトで固定している厚く重みのあるサバイバルナイフの輪郭を。
そして、コートはその大きなナイフを隠すためだけに着ているのではない。
内側に、投擲用のナイフを隠しているのだ。長年離れていた故郷に帰るというのに、なんという格好をしているのだろう。しかし、そう思うルイーゼも同類だ。
いや、もっとたちが悪いかもしれない。トランクとともに持っている長い包みの中には、いつもの倭刀がおさまっているのだから。
慌しくも、凛としたいでたちでアンナがルイーゼのもとへ歩いてくる。
「ごめんなさい。場所を聞いていたの」
そう言い、クラウスから受け取った手書きの地図を示してみせた。作り上げた時間は短かったが、内容はといえば文句がないほどに細かく正確だ。
いかに、クラウスという男がその場所を気に入っていたかがわかる。何度も訪れたのであろう、そして、その度に丘の上で筆を踊らせていたのだろう。
「どうだった?」
「……行き過ぎたわ。けれど、こうして遠回りする以外にいい道はないみたい。きっと、これからは歩きになるわ……それも長い距離」
この辺りの人間に頼めば違ってくるけれど、そうアンナは付け足す。
だが、それを聞いていたのか聞いていないのか。一面に広がる畑や森の緑を見ながら、ルイーゼは曇りのない表情で言葉を返した。
「いいんじゃないか。道があるだけ幸いだ、どこまでも歩いていけばいいさ」
しばらく歩いて、アンナは思い出したようにコートの前を閉めた。インナーを見られると、この田舎では浮くと思ったのだろう。都市部なら色んな人間がいるということで
特に目をとめられることもないが、過疎区に入るとそうもいかない。少女の体に、鍛え上げられた腹筋は少なからず違和感を与えるに違いない。
前を閉めても、全身から感じ取れる瀟洒さ、それによる不自然な調和は避けられないのだが――そればかりはどうしようもない。
「アンナ、疲れてないかい?」
「まだいけるわ」
終わりの見えない道。もし行く方向を間違えていたなら、目印もろくにないままかなりの距離を戻るはめになる。
もうじき冬――障害なく吹き抜ける風は気持ちがいい。だが、舗装されておらずただ『通れるだけ』という道は、少しずつ二人の体力を奪う。
限界まで歩き、目立たない場所で休息を取る。街があれば、宿を探す。そして手がかりを探す。
そんな日々が、数日続いた。
作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴