NIGHT PHANTASM
13.エトランゼ(3/3)
回想の夢から針は進み、現実と時が重なる。
ルイーゼとアンナは二人、いつもの服に身を包み、マスターであるティエの前にひざまずいていた。
まず、ルイーゼは自分の身勝手な行動と長期間の不在を詫びた。そして、本題である話を深層より引きずり出す。
「数週間……もしかすると、数ヶ月になるかもしれません。少し、外の世界で生きてみようと思って……必ず、この屋敷へ戻ります。許していただけますか」
「……」
ティエは、視線を二人に向けたまま沈黙していた。
まさか、ルイーゼとアンナからそうした提案をするとは思わなかったのだ。言わなければ、自分から話を持ちかけるつもりでいた。
安息を手に入れた今、すべきことは二人を普通の世界に馴染ませ、日常の住人とすることだ。
重ねたカルマは消えないが、武器を捨てて、血なまぐささを落とすのに日常という空間はこれ以上なく合っている。そして、幸せを手に入れる方法を知ったその時は。
その時は、ジルベールも一緒に、この屋敷でかわいい夢を描きながら幸せに――。
「いいわ」
思考の赴くまま、ティエは優しく微笑んだ。
「行きなさい、そして、帰りたくなったらいつでも帰っておいで。私はずっとここにいるから……日常で知り得た幸せを、いつか聞かせて」
「マスター……すみません、しばらくお別れですね」
「構わない。だって、もう会えないわけではないもの。さあ、お行きなさいな。さよならなんて、言わないで」
そう言い、席を立ったティエは二人を胸の内に引き寄せ抱きしめた。強く、離したくないその手を離してしまうまで、長い間。
応えるように、二人も体を預ける。冷たい体温の輪郭に染みている、想いのあたたかさが双子の背中を優しく押した。
「久しぶりね、こうして二人で歩くなんて」
歩幅を合わせる必要もなく、並ぶアンナが無邪気に微笑んだ。イギリスから帰った時とは大違いだ、と安心するあまりルイーゼの表情にも笑みが漏れる。
このまま、抱きしめてあげたいと思った。いとおしい、全てが恋しい。この安心感をアンナにも伝えてあげたい。
だが、繋ぐ手にこもる強さが二人の気持ちを繋いでいる。病み上がりのアンナには長い旅になるが、二人でならどこへでも行ける。
そう思う二人の絆は、どこまでも深かった。
旅の拠点となると同時に、二人で一緒に思い出をたぐるために、懐かしさという喜びに浸るためにまずはデュッセルドルフを目指した。
ルイーゼとしては、クラウスにアンナを会わせてあげたいという思いもあった。きっと、見た瞬間に荷物からスケッチブックを取り出すに違いない。
話したいことや聞きたいこともたくさんある。だが、残念なことに連絡先を控えていなかった。可能性にすがり絵葉書を売っていた男を探すが、見当たらない。
「姉さん、ああしてもいい?」
「え?」
思考を現実に戻し、アンナがそっと指す方向を見つめる。恋人だろうか、仲の良さそうないかにもといった男女が腕を組んで歩いていた。
黙って頷くと、嬉しそうにアンナが密着し腕をからめてくる。
「ふふ」
「まったく……」
しばらく会わないうちに、妹は少し子どもっぽくなったように思える。棘が減り、裏に隠していた無邪気さが一気に浮き出たような、そんな。
だが、違和感は感じない。
元々彼女が持ちえていたものだ、そのさじ加減が変わったとて何も問題はない。むしろ、ノルトハイムに何が待つのかという期待と不安に揺れているルイーゼにとっては、妹の存在は支えであり救いであった。
この予感が間違いであれば、全てはふりだしに戻る。
この予感が正しければ、その先にどんな未来が待っているのか――どうにせよ、今までのようには生きていけない。
変わるだろう。
大きく、絶対的な運命のうねりが形を変える。
「終わりじゃない」
「姉さん?」
「ここからきっと、はじまるんだ。私達は深い死に落ちて、そしてまた生まれる。その時どうなっているかは、その時にしかわからない」
「……」
「ついてきて……くれるね? アンナ、私の半身。私の愛する唯一の人」
ぱちぱちと瞬きをしていたアンナが、思い出したように微笑む。困ったように、嬉しそうに、そして悲しそうに。
「ええ、どこまでも。貴方と一緒にいたい。もう、離れたくないの。だから、手を離さないで……ルイーゼ、貴方とともに最期まで」
作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴