NIGHT PHANTASM
13.エトランゼ(2/3)
お世辞にも、それは巧いといえるものではなかった。
だが、素人という枠で見るとなかなかだ。つたないながらも思い入れのこもったタッチは、目を惹く。
風景画だった。
どうということもなく、ただ田舎の遠景が描かれている。
見渡す限りの緑。木々を慕うように野原が広がり、見下ろす形になっているところを見るに丘の上や高い場所からその風景を見、描いたのであろう。
点在する墓標――あれは、墓地か。そこからしばらく離れた位置に、昔ながらの家がぽつぽつと点在している。街とはいえぬ、変化を忘れた地域。
だが、それを見るなりルイーゼは息をするのを忘れてしまうほどに、固まった。
心臓を金槌で叩かれたような衝撃。内にあったパズルの大事なピースが見つかり、その上ではまってしまったような興奮。
黙ってその絵葉書を手にとり、じっと見つめる。
間違いだと信じたい。
同時に、これが探し求めた答えだと思い込みたい。
「旅行客には有名な場所の方が売れるんだが、描いたやつはひねくれてるというか……。お嬢ちゃん? 気分でも悪いのか?」
「私、この風景を知ってる……」
「え?」
「覚えてる。丘の上には大きな木があって、その根元は影になってて涼しいの。だから、あの子はずっと同じ場所に座って、同じ風景を飽きずに描いていて」
「……驚いた。それ一枚で、どこかわかったなんて客ははじめてだよ。買うかい?」
「はい」
迷わず頷いた自分に、ルイーゼは少々の驚きを覚えた。だが、走り始めた時間はもう止まらない。
「ありがとう。……よかったら、描いた奴に……クラウスっていうんだが、会ってみるといい。呼び出そうか、まだあいつはこの街にいると思うから」
終わりの風景に、目には見えない怪物の姿が見えた――だが、不思議とルイーゼはそれを追いかけてみたくなった。
逃げずに、今日だけは向き合う。
向き合える。
そんな気がして、絵葉書をそっと胸にあてた。
ほどなくして、指定された場所でルイーゼと、絵葉書の作者クラウスは出会った。
痩せ型の長身、眼鏡の向こうには敵を作らない素直な柔らかい顔立ちと表情。着ている柄物のシャツは、指先同様絵の具に汚れていた。
「まさか、こんな時が来るなんて思わなかった。立って話をするのも疲れるだろう、どこか店に入ろうか? 外は喧騒が過ぎる」
言いながら、クラウスはしきりに周囲を気にしていた。脅えている、といってもいいほどに。ぎこちない言葉とともに、視線はルイーゼを通り越しその後ろを見ていた。
あまり、人との付き合いが得意なタイプではないのだろう。騒がしく響く足音や笑い声が、気になって仕方が無いというふうだった。
ルイーゼも、こんなところで大事な話をしたくはない。
頷き、二人は静かな喫茶店へ入った。扉が、開けると同時に鈴の音を鳴らし客の存在を知らせ――その向こうでは、落ち着いた空間が広がっていた。
「改めて、私はクラウス。クラウス・アルトマイヤーだ。普段は……ああ、すまないね。こういう話は必要なかった。こうした事は初めてでつい、舞い上がってしまった」
「いえ、大丈夫です。私は……ルイーゼ。いつも双子の妹と一緒なのですけれど、今日は一人でして」
「双子なのか……さぞ、二人ともそっくりできれいなんだろうな。是非絵のモデルになってもらいたいよ。と、その風景についてだったね」
「はい」
向かい合って座り、その間にあるミニテーブルの上には先ほどルイーゼが購入した絵葉書が置かれている。淡く優しい緑が、二人の瞳に映り込んでいた。
「数年前、ああ、私は旅が好きでね。それで、ドイツ中を訪れて……そんな中で見つけた、素敵な村なんだ。今は、街といってもいいかもしれない」
「ええ、素敵。まるで時が止まっているかのよう」
「現代の文化を強制されていない、静かな場所でね……妻と復縁できたなら、余生はこんな場所で過ごしたいと行くたびに思うんだ」
「ふふ。よろしければ、場所をお聞きしても?」
「ノルトハイムだよ。でもね、厳密にはノルトハイムじゃないんだ。外れにあって、ぎりぎり範囲内というだけであって、別世界さ」
「ノルトハイム……」
空振りでもいい。いや、空振りではない――そんな確信が、ルイーゼの中にあった。
地名を聞いても、ぴんとはこない。だが、風景が教えてくれる。行かなければいけない。自分は、この地へ行かなければ。一人ではなく、二人で。
「行ってみようと思います。詳細な場所と行く方法を、教えていただけますか?」
その言葉に、クラウスは心底嬉しそうに頷いた。行ってみるといい、本当に素敵な場所だから。そう言って、鞄から紙とペンを取り出し、それは踊るように文字と絵を紡ぎ出す。
終わりが、近づいている――そんな気がした。
作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴