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NIGHT PHANTASM

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12.嵐のあとで(2/5)



数ヶ月が経っていた。
ティエの血を受けたおかげで、アンナの体は完全に治癒したといっても間違いなかった。
――体は。
「……」
うつろな目で、しみの広がる天井を見上げるアンナ。
心はまだ、彼女の体に戻っていない。


襲撃の後、レンフィールドとティエは一度も顔を合わせていない。生きているのか、死んでいるのか――おそらくは、生きているだろう。
大事にしていたエルザを駒に扱える吸血鬼だ、そう簡単に死にはしない。気にとめたティエがジルベールに推理を頼んだところ、こう返ってきた。
「ヨーロッパを出たんだろう。ロシアを経由して、東へ。そのあたりが妥当だろうな……推測ではあるが」

ルイーゼはといえば、顔の傷同様、アンナの傷を真似て自傷しようとしたところを、偶然部屋に立ち入ったティエとジルベールに止められた。
彼女らしさを失い、子どものように力任せに激しく抵抗する。ぱしんと乾いた音が響き、静寂が後を追う。ティエが、厳しい母の表情でルイーゼを見ていた。
「やめなさい」
「……でも、アンナが」
「やめなさいと言っているでしょう。アンナの傷が癒えるまで、あなたは別の部屋で過ごしなさい。それが嫌なら、どこへでもいくといい」
「……」
遠まわしとはいえ、出ていけ、と言われたのははじめてだった。マスターが、自分を拒絶している。自らを傷つけるための刃を手放さなければ、追い出される。
すっきりしない思いのまま、ルイーゼは手にしていたナイフをジルベールへと手渡した。目覚めないアンナを一瞥し、悲しげに苦悶の色を浮かべる。
二人の手が、離れてしまう。
ずっと、繋いだままでいたのに。だから二人は二人でいられたし、一人分の心で生きていけたのに。どうすればいいのだろう、ルイーゼは迷路に迷い込む。
沈黙を静かに突き破るように、彼女は黙って部屋を出ていった。そして、屋敷の扉がきしむ音とともに――ばたりと、閉まった。
「いいのか、ティエ」
「アンナがここにいる以上、遠くへは行かないでしょう。あの子にも、頭を冷やす時間が必要なのよ。二人は依存しすぎている」
「……まあ、お前がそう言うんなら多くは言わんが。放たれた犬は人を噛むぞ」
「いいわ。私は、吸血鬼だから関係のないことだもの」
「……」
それ以上の会話はなかった。


――ふもとの街で、奇怪な連続通り魔事件が報じられたのは、それから数日後のことだった。
現実離れした頻度と勢いにも関わらず、目撃者は皆無。犯人が男なのか女なのか、単独なのか複数なのか、誰にもわからない。人々は戸締りを厳重にして、家という盾にこもるようになった。
街から、人とその気配が消えた。ほとんどの店が、沈黙したまま機能を止めている。ゴーストタウンになった街の現実はドイツ中にニュースという形になり飛び回ったが、街の住人が外をまったくといっていいほど出歩かなくなると同時に、事件の犠牲者は一定の人数でぴたりと止まった。
そして、あとは時間だけが街の蘇生を手伝った。例外なく鋭利な刃物で裂かれた遺体は丁重に葬られ、墓地に集まった人々はただひたすら慟哭した。
誰かが言った。
あの事件は、人間じゃないんだ。怪物というか……亡霊が現れて、そして、街は死んだんだ。生き返ったんじゃない、生まれ変わったんだよ。


「何故、あの子が民家に押し入らなかったと思う?」
ティエは、事件が沈静化したある夜、ジルベールに問いを投げた。
犯人は結局人の世界には姿を現さなかったが、ルイーゼ一人のしわざだということはマスターであり母であるティエには易く理解できる。
行き場所を、探していた。生きるための何かを探して、いきどころのない思いを暴発させて、街を殺した。
ジルベールは、人間であるがゆえにわかるまい――予想通り、振り返ると彼女はわけがわからないという間抜けな表情を浮かべていた。
「知らん」
「……過去の扉を叩くことを、彼女の深層が拒んでいるのよ。真実を知ったら、壊れてしまうから。自分も同じ怪物になってしまうから」
「今でも十分、怪物だと思うがな……」
「あなたは平和ぼけが過ぎる。ほんとうの怪物はね、もっと……深くて暗い、闇の中に棲んでいるものなのよ……」


アンナの意識が戻っても、ルイーゼは屋敷に帰らなかった。
どこまでいったんだろうな、とジルベールが呟くと、さあ、とだけ短く返事が投げられる。もう帰らないかもしれないな、と言うと、そうかもね、と寂しげな反応があった。
無差別に人を殺める行為をやめたのだろう。ドイツ中に報じられるニュースの中に、彼女が絡んでいそうなものは見当たらない。
夏を過ぎ、秋の足音が近づいてくる。その先で何度目の冬が来るのだろうと、ティエは眠るアンナを見つめながら思索していた。
起き出すなりアンナは、暴れだすことが度々あった。姉さん、姉さん、どこなのと叫びながら。大粒の涙を流しながら、その姿を屋敷中探し回るのだ。
潮時かもしれない。
回復のきざしを見せないアンナの様子を見て、ティエは決意した。
「ジルベール。あなた、尋問の経験は?」
「あるか、そんなもん」
「では経験しなさい。アンナに、いつもと違う薬を与えて。……心模様を、吐かせるのよ。すべて」
冷たい声で、言った人外に、人間はただ静かに頷いた。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴