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NIGHT PHANTASM

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01.屋敷の住人(2/6)



「……」
少女にとって、見慣れた光景があった。
広間といえば狭く、部屋といえば広い空間の中央より少し奥に、アンティーク調の椅子が一つ。部屋を彩る花瓶の薔薇は全て造花だった。
モダンローズの見せかけの命は、そしてその死にきったさまは少女を安心させる。ここが日常ではないことを、知らせてくれる。いわば奈落の花だった。
椅子に座っている主が、かちゃりと音を立てた。口元に寄せていたカップを、手に持ったソーサーに置いた音である。
だが、動いたのはそれだけだった。伏せられたまぶたは上がることもなく、黒く長い髪は闇に満ちた部屋の中でも明暗を呼び顔に影を落としている。
部屋にいるのは、一人ではなかった。
たった今立ち入ったばかりの長髪の少女の半身が、主を守るようにして椅子の横に立っている。
髪は、同じオリーブグレーだが肩につかない程度の短髪。中性的な顔立ちと体を持っているために、一見するだけでは性別の判断がつきにくい。
タートルネックの黒いインナーは、丈が胸を隠すほどまでしかなかった。あらわになっている腹部は、細身に見えるが本当のところは窺い知れない。
上にはおった黒いコート、手から手首にかけては両手ともに包帯が巻かれている。コートに隠れるようにして、腰には大型のナイフが鞘に収まり固定してあった。
目配せをすると、どこかうつろでありながらも力強さを宿す双眸からわずかなサインが返ってくる。
二人のやりとりは、それで十分だった。
「ルイーゼ」
主が、小さく唇を動かす。長髪の少女の名らしく、呼ばれた彼女は『はい』と静寂を割らない程度に応えた。
「状況は?」
「男が数人、館を囲むようにして森に身を潜めています。うち数箇所は領域の内部、おそらくはナハティガルのハンターかと」
あどけなさを残したルイーゼの声が、違和感を感じさせるほどにぺらぺらと言葉をつむぐ。
言葉途中で、主はまぶたを上げた。闇夜でもわかる、赤みを帯びた瞳が静かにルイーゼの輪郭を射抜く。
だが、行動以外の返事はなく、部屋に沈黙がするりと入り込んできた。察したルイーゼは、静かに主の近くへ寄り、片膝を立てて座り頭を下げた。
絶対的な忠誠を誓うと、その証拠を示すように。
「……」
ソーサーに乗せた、細かく細工の施されたカップをもて遊びながら、主は首をかしげるようにして『どうしたものか』といった顔をしてみせた。
困っているのではない。どこか、愉しげな表情にそんな感情はかけらも存在していない。
「アンナ」
呼ぶと、はい、と短く声が返ってくる。主の隣に置物のように立っていた短髪の少女が、視線を主の方へと向けた。
先ほど半身に向けたものと同じ、力強いまっすぐなまなざし。
彼女を知らぬ者にすれば、それは威圧か挑発めいたものに思えるだろう。だが、彼女は『アンナという人格』を演じているだけに過ぎない。
それを彼女の姉の次に理解している主は、不快そうな様子も見せず言葉を繋げた。
「これを地下のジルベールに渡して、こんなおいしくも何ともない紅茶は用意するなと伝えなさい」
「マスター」
「何?」
手渡しかけたカップが、再び主のもとへ戻る。
「マスターが出るほどの舞台ではありません、私達が行きます。どうか、ご静観を」
言うと同時に、ルイーゼと同じ姿勢をとり絶対の服従を約束するアンナ。対する主は黙ったまま、発言権をルイーゼに視線とともに預けた。
「信じて、いただけないのですか」
顔を上げ、ルイーゼは言う。
「あなた達の実力を勘違いしているわけじゃないわ。けれど、あなた達は手加減が足りない」
「……」
「おもちゃを壊してしまう子どもと一緒よ。ここは山中、街も近い……死体をいくつも積み上げるわけにはいかないの」
「では、どうすれば私達にこの夜を預けていただけますか」
説得に出たのは、アンナだった。何が何でも、役目を担いたいらしく一歩も引かない。食い下がるその姿を見て、主ははじめて表情を和らげた。
まったく、仕方のない子ども達だと、困ったように微笑んでみせる。
「殺していいわ」
「え?」
「そこまで食い下がるのなら、いっそのこと皆殺しにしなさい。そして、連中に見せつけてあげなさい……あなた達の恐ろしさを。たてつくことの無謀さを」
言葉も途切れぬまま、主が静かに立ち上がる。
風のない空間で、長い髪がわずかに揺れた。ブーツが床に音を反響させ、人あらざる者が存在していることを証明してみせる。
そのまま、伏せているルイーゼの横をそっと通り過ぎ、やがて扉が開かれ、半開きのまま捨て置かれた。部屋に二人だけが残る。
「アンナ」
すっと立ち上がったルイーゼが、同様に立ち上がろうとしていた妹の名を呼んだ。包みを解き、布を花瓶の置かれたミニテーブルに預ける。
「姉さん、どうするの?」
「二人で動こう。待ち伏せるまでもない」
「囲まれているのなら、二手に分かれた方がいいと思うけれど……」
「この屋敷に一人も到達させない。その前に、片をつける」

言い切ったルイーゼ。アンナとともに部屋を出ようとしたその時、思い出したように言葉を繋げた。
「マスターの心配も杞憂だったと思わせるほど、相手に痛手を負わせてやるんだ。立て直す気もなくなるくらいに」


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴