NIGHT PHANTASM
02.Jesus Is Calling(3/4)
エントランスに残った二人は、互いの表情と反応をうかがうようにして対峙していた。
ジルベールの視線は、アンナの瞳の奥に宿る意思を覗き込むように、何か確かめたいことがあるといった雰囲気を帯びている。
アンナの視線は、ジルベールを見ながらも別段何かを宿しているものでもなかった。ただ、亡霊としてその場に立っているだけだ。
だが、彼女は退屈が嫌いだった。生きるか死ぬかという駆け引きを楽しみに生きてきたのだ、安息は彼女を殺す。存在を、否定する。
「あげるわ」
静寂を切り裂いて、アンナはホルスターから抜き出したリボルバーをジルベールに向かって投げた。
受け取る動きはそう驚いたものでもなかったが、手元でずっしりとした重みと――それだけではない、過去の血と硝煙の記憶を伝えてくる銃に、ジルベールは表情を不快にゆがめてみせた。
「ティエは銃を好まないはずだが」
「ハンターから借りたの。死んだら返す……と言いたいところだけれど、私はもう死んでいる。でも、持ち主だって死んでいるのだから好きにしていいわよね?」
「……何が言いたい?」
込められた弾の数を見て、ジルベールは言葉こそ問いかけているが意図にうすうす気付いているようだった。
一発。
ハンターから奪ったとして、弾が一発しか込められていないのは自然さに欠ける。
「……ここよ」
アンナは、呟いて静かに指差した。
流れるような動きだった。光の届かぬ、死んだ魚のような目でジルベールを射抜いたまま、左指は自らの眉間を指している。
立てられた人差し指の白さが、美しくも不気味なコントラストを生んでいた。
「ここを、撃つの。知ってる? 弾が私を撃ち抜けば、貴方の勝ち。撃ち抜かなければ、私の勝ち」
ジルベールは戦慄した。
目の前にいるこの少女は、生きること、死ぬことをどう考えているのか。命の重みを、どれだけ理解しているのか。
ほどなくして結論が出る。
ここは、墓場。そして、目の前に立つ少女は生きながらの亡霊。
死んだ者に、生きることの重みも何もありはしない。彼女の魂はもう、天国か地獄に落ちてどろどろに溶けてしまっているのだ。
彼女の意図のままに弾の位置を確認せず、ジルベールはリボルバーを構えた。
銃の扱いは過去、館を訪れる前に一通り習っていた。だが、手にするのは本当に久しぶりだ。
動かない的、そして至近距離であるのが助けになり、細い指が示す眉間を狙うのはそう難しいことではなかった。
「そう。それでいい……撃って。私を、撃って」
トリガーにかける手が震える。
このとち狂った状況にありながら、少しも動じない、目の前の少女は――いつか取り返しのつかない事をしでかしてしまうような、そんな予感がする。
殺せばもう一人がジルベールを殺すだろう。
胸の鼓動が、うるさいほどに繰り返され、警鐘に化けている。
「マスター」
ルイーゼは、部屋に入るなり、主人の姿を探し視線を右往左往させた。気配を消しているため、視覚で判断するより他にないのである。
すぐに姿は見つかった。
朽ちつつも割れていないガラスの窓の向こうを、じっと見つめている黒い影。憂いを帯びたそのまなざしは、これ以上の発言をためらわせた。
だが、その心配も無駄に終わり、すぐにティエは扉のそばに立つルイーゼの姿を両目にとらえた。
「怪我は?」
「毒を塗りこまれましたが、処置しました。アンナも、問題視するほどの傷はありません」
「そう、よかった」
こつり、こつりと響くブーツの音。近づいてくるティエの距離をはかり終わるなり、ルイーゼはその場で膝を折りこうべを垂れた。
ほどなくして、足音がルイーゼの目の前で途切れる。床と主人の足元を見つめながら、じっと反応を待った。
「立ちなさい……アンナ」
「……」
「そんなに悲しい顔をしないで。あなた達は亡霊なのだから……何も考えなくていいの。そう、何も」
姿勢を落としたティエに抱きしめられ、ルイーゼはだらりと糸が切れたようにその体を主人に預けた。背中に回された手が、頭をなでてくれる手が、全てが優しい。
そこから生きる力はわいてこないが、生きる理由を見出すことはできる。亡霊は、墓へと戻ると同時に安息を手にすることができる。
「ルイーゼは、エントランスにいます」
「……ジルベールね」
「はい。誰も手を出すなとのことでしたので、マスターも私も今向かうのは無意味かと」
「許してちょうだい。あれは、変なところで頑固だから。……人間だから」
ルイーゼは、窓の外に浮かぶ月を見た。月に糸をくくったマリオネットであるならば、もっとマスターを喜ばせることができるだろうか。
あの月は、どこへいくのだろう。
世界を旅して、いくら追いかけても、どれだけの悠久を食いつぶしてきても、太陽に出会うことすら許されないそんな牢獄の中で。
作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴