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ぼくたちに傘はない

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「死ねって言葉の意味って特にないんですよ? だから死にたいって言葉の意味も一つもないんですよ。気持ち悪いも気持ち良いも、ウザイもウザクナイも、意味もなくなるほどに使われるんですよ。暴言じゃないんですよ、あいつらにとっては、まっとう過ぎる正論なんだって。わたしはそれを否定できなかったなんて。だって、だって、だってだってだって、だって!」
 彼女は泣きだした。この雨のように。いや、きっと、こんな大雨よりも、ずっとずっともっともっと大雨だろう。ああ、一体洪水警報は誰が出してくれるだろう。避難勧告は? ノアの箱舟を作っておかなかったのは誰の所為なの? 神様はどこにもいないって。誰も彼女に教えてあげなかったの。
 俺は溢れだした彼女を受け止められるか否か、自問自答を繰り返していた。いや、受け止めたところで、抱きしめたところで、それで、どうする。頭の中でぐるぐると考えが混じり合っていた。俺は一体彼女をどうしたいのだ。俺はどんな衝動に駆られたのだ。救いたいの? 一緒にいたいの? 愛し合いたいの? 違う、全部違う気がするんだ。俺は、俺は、冴を、冴を。
「なのに、なんで死んじゃだめって言うんですか」
 彼女の瞳は何色なんだ。俺の気持ちはどう答えればいいんだ。
「なんで、だめなんですか。わたしはなんのために生きるの。だれのために? 生きて生きて、なにか得るものがあるの? 消えたいよ、みじめ過ぎて。最初からやり直せばいいの? どこからやり直せばいいの? なんでこの世界にはタイムマシーンがないの? 後悔しか積もらない! 荷物が多い! なんでみんな生きているの? なにが楽しくて笑っているの? どうやって悔しいことも悲しいことも背負えるの? 捨てるの? それとも、上手い避け方があるの? 不幸比べで勝ったら幸せになれたらよかった!」
 俺は何も言えない。言葉が出ない。喉元まで感情が押し寄せては来るのに、言葉になってくれない。
「しあわせなんて無条件になれるものじゃないくらいわかってる。だけど、だけど、こんな思いをしてまで生きて、なにがあるの!」
 壁の向こうで彼女が喚く。俺はダイヤモンドの崩し方なんて知らない。知りたくないと思った。
「先輩は、楽しい? 生きてて楽しい? こんなことをいうわたしを“甘えんな”って思う? 言う? それとも“死ね”って言う?」
 俺も泣きたくなってきた。なんでだろう。結局、埋もれていたのはどっちだったんだ。
「なんとか言ってよ先輩! なんでみんな、上手に生きるの? わたしだって頑張っているんだよ、頑張って、頑張って、誰も見てなくて、でも、生きなくちゃいけないって!」
 駄目になっていく気がした。胸が軋んで、痛いと叫んでいる。きっと、俺より、彼女の方が、ずっと。
「先輩は嫌になる! やさしくて、ぬるくて、わたしがほしい言葉もいらない言葉も分かるみたいな顔して、本当に、何考えてんのかわかんなくなる! わたしのこと、何だと思っているの? 大事なの?そうじゃないの? わたしは怖くてしょうがないの、もう、こわくてこわくて、ほんとうは、ほんとうは!」
 俺はその言葉が突き刺さってトゲのようにちくちくじわじわ痛みだした。ああ、ああ、彼女も、馬鹿じゃない。そうか、俺は、俺は、なんで、こんな無責任なことばっか。軽い言葉で彼女を喜ばしては傷つけ、傷つけ、ぼろぼろな彼女を、また不安定にさせて。なんのつもりだったんだろう。
「わかんないの、わたし、誰かに許されたくて、なにを許されたいのわからなくて、どうやって償ったらいいのか、わかんなくて、わっかんないことばっかで。 だから、ただひたすら、死にたくて」
 俺は片手で彼女の目元をこすって涙を拭った。きっと、こういう慰めが彼女をまた揺らすんだろうな。そんなことを思いながら。
「俺も、わかんないよ。冴の考えていること」 
 やっと口に出た言葉はそれだった。だけど、もっと分からないのは自分のことだった。
 彼女は先程拭ったばかりの瞳にまた涙をぽろぽろとこぼした。絶望、失望、そんな言葉が似合いそうな瞳。どうして誰も理解してくれないの。あなたならわかってくれると思ったのに。――そんな言葉がでてくるのだと思っていたのに
「きっと、わたしには、傘がないんだよ」
 そういって、彼女は駅の方へ走り出した。桃色の傘を俺の手に残して。




作品名:ぼくたちに傘はない 作家名:らた