レイプハンター 前編
翔子の身体を完全に乗っ取った生命体はあらゆる情報を吸収し、外見どおりに翔子として振舞えるように変わっていた。
いま雨の中で裸で居る状態が不自然であることに気付いた翔子は明るくならないうちに何とかしないといけないと周りの
様子を伺っていた。いけないと知りながら少し歩いたところにあった商店に忍び込み、何とか着れる服をまとって
舞の家まで歩き始めた。不思議なことに、商店の通用扉のボタン式ロックの番号も迷う事無く押してロックを解除できた。
知的生命体にとってそんなことは子供を騙す程度のレベルだったのだ。
傘をさしてずいぶん遅れてやって来た翔子に舞は驚かされた。
「翔子!どうしたの?玲と心配してたのよ、来ないから」
「ゴメンなさいね、ちょっと事情があって遅れてしまった」
「どうしたのよ、その髪の毛、何かあったんじゃないの?」
「うん、正直に言うけど、ここに来る前に酷い目にあったのよ。髪切られちゃって」
「通り魔に遭ったの?大丈夫」
「うん、逃げて来たから大丈夫。雨に濡れた服を着替えていたから遅くなっちゃった」
「そうなの、怖かったね。警察に話したの?」
「まだ、相手解らないし・・・暗かったから。それに、怪我はしてないからもういいの」
「本当に?濡れているじゃない・・・先にお風呂に入ってきたら、それに今日は泊まって行きなさいね
おば様には私から電話してあげるから」
「いいのよ、自分でするから。じゃあ悪いけどお風呂使わせてもらうわね」
風呂場で翔子は全身のチェックをした。怪我をさせられている様子は無かったが、大切な場所から少し出血していた。
男が出した体液はすでに流れ出てしまっていたが、少しべたつく感じは残っていた。
「妊娠したらどうしよう・・・そんな心配を思ったら身体が少し震えて熱いものが下半身を襲った。
生命体は翔子が望まないものはすべて排除するしくみを作り上げていた。子宮に降りていた卵子が強制的に排除
されてわずかな出血となって再び内腿を流れ落ちてきた。恐ろしいほどの身体の変化に驚かされた翔子だったが
自然に新しい生命の存在と力を自分の意識として捉えられるように変わっていた。
その日はガラス玉の話題を舞と玲に振られたが、暴漢に襲われたときに落として失ったと答えた。二人は残念そうに
していたが、きっとそのガラス玉が翔子を守ってくれたのよ、とある意味当たっている発言をしてくれた。
「そうね、そう考えたら、あのガラス玉との出会いは運命的だったのかも知れないね」
ごまかすように二人にそう返事した翔子であった。
舞の部屋で眠りについた翔子は、玲と舞が寝静まるのを見計らって、一人イスに腰掛けてあることを思い出していた。
記憶に残っている翔子の女としての辱めを受けた行為と首を絞めて自分を殺した残虐な行為の両方を許せないと深く心に
刻み込んだ。そして、この日からあの前田と名乗った連続レイプ犯を捕まえるために行動しようと決心した。
知的生命体は科学者ではあったが、家族を遠い昔に失ってしまっていた。地球の人間たちのような家族関係でなかった
とはいえ、共に暮らすことの出来る妻や子供が失われたことへは強い不満とやるせない気持ちを持っていた。
永遠の生命体への実験失敗による犠牲者になっていたのだ。
自らが作り出した意識生命体は失敗を糧に研究して改良された最終型で未発表のものだった。実験を繰り返すことに
反対だった自分が自らのみをその成果を知らしめる結果として装置をガラス玉に収めて宇宙空間に放出させたのだ。
自分が居た惑星の今がどうなっているのかは知る由も無い。けれど、この星で得た翔子と言う身体は美しく、柔らかく
そして何より純粋であった。無くした妻や子供たちに共通する安らぎを感じることも快適な要素だった。
翔子が望むすべてのことを解決しようと生命体は心の中で話しかけた。
「何をしたいのかって聞かれても・・・そうね、絶対に許せない犯人を捕まえたい。それが叶ってからしか次のことは
考えられないの」
記憶にあるその男の顔ははっきりと覚えている。車の特徴は解らないが、そんなに走っている車ではないから持ち主を
当たれば犯人にたどり着くと考えた。翌朝、用事があるからと早めに舞の家を出た翔子はその足で神奈川県の陸運局に
足を運んだ。
「黒のベンツで横浜ナンバーですか・・・警察か弁護士の資格が無ければお探しすることは出来ません」担当者にそう
あしらわれてしまった。車検の受付に使用されているパソコンに向かって翔子はあるプログラムコマンドを侵入させた。
しばらくして、画面は数字の羅列となって登録されているメルセデスベンツの所有者リストが現れた。さらに絞り込む。
「黒のセダンは100台を超えている・・・せめて型番か年式が解ればなあ」そう言いながら、スクロールしてゆくが、
めぼしい感じの所有者は見つけられなかった。元の受付画面に戻して席を離れた翔子はあることを思いついた。確か
男の車はカーナビをつけて走っていた。昨日、あの時間にあの場所でGPSデーターを受けたナビ登録番号を調べれば、
持ち主が限定されると考えた。膨大な量のデータから絞り込まなければならない作業だったが、静止衛星のメモリー
機能が残っていればわかると推測した。どうするのか、GPSを受信しているカーナビから逆に送信して情報を探り出すのだ。
可能な限りの挑戦をした。自宅のパソコンを自分の車のカーナビに繋いで、あるプログラムをその場で作った。
今や翔子の頭脳は世界一、いや宇宙一の科学者レベルに変わっている。パソコンは幼稚だったが、作ったプログラムは
信じられないほどの威力を発揮して、画面に少しずつ車のナンバーを表示していた。あの時間、あの場所でのカーナビ
受信をしていた車は10台ほどに絞られた。後はこのナンバーからベンツを探し出すだけになった。
ヤナセホームページから横浜の事業所にパソコンを繋いでハッカーのごとく侵入し、顧客リストにこのナンバーが
該当しないか調べた。パスワードの解読など知的生命体の頭脳からして見れば幼稚すぎるロック解除に見えた。
持ち主の住所と氏名、電話番号を記憶してパソコンを閉じた。自分の部屋でベッドに横になってパジャマに着替えた。
生命体は睡眠を必要としないが、翔子の身体を休める必要があったので自らの支配を解いて意識を翔子だけにした。
涙がたくさん零れて来た。悲しいことを思い出したからだ。生まれて一度も男性に触られたことが無かった大切にしていた
純潔を踏みにじられて、もう女として失格になったと深い悲しみが耐え切れない思いに変わっていた。
眠れない夜の時間が続く。明け方になってようやく眠気が襲ってきて数時間の睡眠が取れた。「翔子!」と呼ぶ声が
聞こえる。母親の声だった。
「電話よ!起きているの?舞さんからよ、出れるの?」
「はい、今降りてゆきます」
眠気を振り払って、ふらふらしながら階段を下りて電話口に向かった。
「翔子です。舞?どうしたの」
「大丈夫だったのかなあって心配して電話したのよ。玲も気にしていたから電話掛けてあげて」
「ありがとう。なんとも無いって言えないけど、大丈夫よ。心配しないで」
作品名:レイプハンター 前編 作家名:てっしゅう