窓の中
まだ窓から見える空が僅かばかり広かった、地に足着く頃だった。
その頃の私も窓の外を見ることしか出来なかったが、空の下を見ることが出来ていた。
そして、ある日窓の下で美しい桜の木の下に佇むソレを見つけた。
桜の花びらが舞い落ちている中、ただ何をするでもなくただ桜に抱かれているように立っていた。
私はソレが気になり、初めて空の下を見るようになった。
初めは何か盗み見ているような気分になり、中々見ていることが出来なかった。
けれどいつになってもソレは上を見ることはなく、そのことに安心するようになり窓の下を見ることが私の日課となった。
それも3か月ほど立ったある日、
ソレと私は目があった気がした。
ソレはガラス玉のような目をしたどこか別の場所に立っているかのような男だった。
私はソレが始めて若い男だったと知った。
今まで下を見ていたが、ただの一度も桜の下から動かなかったソレは
私と同じ人であった。
そのことに私は無性に泣き無くなった。
目があったことは私の勘違いかもしれないが、それでも何故かその日から私は窓の下を見ることが出来なくなった。
それと同時に空を見ることをやめた。
いつしか私の足は地に着くことすら耐えられなくなっていた。
そして私は四角い空を見ることしかが出来なくなった。
不思議なもので見ることを自らの意思でやめたというのに、見れなくなるとなると見たくなるもので私はどうしても窓の下が見たくなっていた。
窓の下が今どうなっているのかが知りたかった。
満開だった桜は葉桜となっているのだろうか、それとももうそれすらも散ってしまっているのだろうか、
桜の下のアレはまだそこにいるのだろうか。
いや、窓の下の『彼』を見たかったのだ。
ずっと一人で佇んでいた彼が、何を見てるのか知りたかったのだ。
私は会ったことも無い、話したことも無い彼に
何故かとても会いたくなった。
けれど彼は私を知らない。
私も彼を知らない。
もう見ることすら出来なくなった私は、その日初めて涙した。
動かなくなった足になのか、動いていた頃に見ることをやめてしまったことにかは分からない。
けれどやり場の無い想いは、苦しくて重く切ないものだった。
そして私はその日から
その思いを手紙にすることにした。
届くことの無い、ただ自分のためだけの手紙。
貼るつもりのない切手も一緒にしまった手紙。
そして
病室に一つだけある棚の引き出しがいっぱいになった
手紙を書き始めて迎えた2度目の春。
私は最後の手紙を書きました。