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夜のビデオカメラ

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「......寝るか」

テレビも見飽きて、何となく教科書を眺めていた僕は一人呟いた。

午前一時。そろそろ眠気も忍び寄って来てあくびを一つする。

教科書を閉じて立ち上がった。
寝室に入ってベッドに潜り込む。

忘れていた。録画のスイッチを押さないといけない。
僕は寝室の明かりを豆電気にして、ビデオカメラの録画スイッチを押した。途中で充電が切れないようにコードをひっぱってコンセントに挿し込む。

その時、僕の中で緊張が走った。ビデオカメラに何が写るのか分からない不安と、今日を我慢すれば毎朝不快な思いをすることがなくなるという安心からだった。

再びベッドに入って目を閉じる。
緊張で寝付けないと思ったが、不思議とすぐに眠る事ができた。

――――――――

朝。
部屋を荒らされ始めてから三日目の朝だ。
当然の如く寝室には服が散乱している。
すぐに戸締まりを調べるが、やはり開いてはいない。
でも僕は不快な気分ではなかった。むしろその逆だ。
ビデオカメラは昨日と同じ位置にあるということは、寝室を荒らした犯人はばっちり撮れたということだ。

僕はビデオカメラを手に取り、小さな液晶画面で再生しようとした。
すると、再生ボタンの数センチ手前で指が止まる。

嫌な予感がした。

何を思い立ったのか、僕は気が付くとビデオカメラをテレビに接続してテレビ画面で見れるようにしていた。

後はリモコンを操作すれば見れる。

......押せなかった。

僕の頭は思い出さなくてもいい大学の事を思い出させて、僕を大学に向かわせた。

それは単なる逃げだと、大学に到着した僕は悟った。

――――――――――

啓一は今日は休みのようだ。
僕に一言も言わずに彼が休むのは珍しかったが、今日に限って休むとは啓一も酷な事をしてくれる。

つまらない講義は右から左へと流れて全く頭に届かなかった。
僕の頭では、録画した内容を見るべきかどうか、それだけがぐるぐると巡っていた。

「凌さん?」

そんな時に紗英さんが僕の席の隣に座ってくれた。

「あ、おはよう。紗英さん。遅かったね」

はっとして彼女に挨拶する。

「寝坊しちゃって、遅れちゃいました」

そう言う彼女は、たかが遅刻など許される笑顔でそう言った。僕が許しても意味はないのだが。

「で、どうでした?」

笑顔から一転、眉を寄せて彼女は訊いてくる。

「うん。部屋も荒らされてたし、ばっちり撮れてるはずなんだけど、なかなか見れなくてさ」

情けない話だ。

「やっぱり怖いですよね。寝ている時に撮った部屋をみるのは。何が映っているのかも検討つきますし」

「うん」

「......よかったら、私も一緒に見ましょうか?」

「だめ......それはちょっと」

とっさに口から出た言葉がそれだった。直感的に彼女には見せてはならないと感じたのだ。

「そ、そうですよね。私が見ても解決にはならないですよね」

彼女はしょんぼりとしているように見える。随分と悲観的に捉えているようだ。

「いや、ありがたいし嬉しいけど、僕一人で見るべきだと思うんだ」

「......そうですか」

彼女は肩をすくめた。

「そういえばさ、最近のビデオカメラってHDDっていうのに録画するんだね。昨日知ってびっくりしたよ」

僕は無理矢理に話題を変える。

「あ、そうなんですか」

ややぎこちない雰囲気が流れてしまった。

「容量はいくつ何ですか?」

「容量? ってなに?」

「ハードディスクドライヴの容量です。何メガとか何ギガとかの」

全く聞き慣れない言葉だった。

「そういうの苦手なんだよね。僕の頭じゃ難しいよ」

「そうなんですか。私、いろいろ教えてあげますよ。こうみえて詳しいんです」

どうやら紗英さんは機械に強いらしい。本人が言うように、見た目からはそういう印象はないが人は見かけによらない。

紗英さんのパソコン講座は、講師の話しと比べるまでもなくおもしろかった。途中、理解しにくい単語もあったが生き生きと話す彼女を見ているとそんなことはどうでもよく思える。
そのおかげで僕は、家であったことを忘れていあられることができた。

しかし、そんな時間は僕の意思とは無関係に駆け足で過ぎ去る。
帰路に付いた僕は一人の寂しさを改めて噛み締めた。

―――――――――――――――――――

アパートの僕の部屋に着いて沈みかけた太陽を背に鍵を開ける。

「ただい……」

言いかけて止まった。
玄関に足を踏み入れた途端言ってはいけない気がしたのだ。

僕はゆっくりドアを閉めて、注意深く部屋に入っていった。
別に何がいるという訳ではない。居間には今朝準備して結局見ることのなかったビデオカメラがあったし、寝室も今朝と同様荒らされたままだった。

でもこの感じはなんだろうか。

その時、僕は最悪の事態を想像してしまった。

もしかして、霊的な何かの仕業?

その場に固まってしまった。一瞬ではあったが、何かの気配を感じたのだ。

大丈夫だ。そんなはずはない。啓一に驚かされたからそう思うだけだ。

自分に言い聞かせる。

早く録った内容をチェックしよう。
僕は寝室を出て居間の机の前に座った。
作品名:夜のビデオカメラ 作家名:うみしお