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夜のビデオカメラ

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朝。
人に一日の中で好きな時間帯は何か、と訊かれたら、僕は朝と答える。
しかし昨日に続いて今日も、朝は最悪のものとなった。

「くそったれ」

僕は自分でも驚くくらいの下品な言葉を呟いた。

また荒らされていたのだ。

昨日の朝と同じように服が散乱している。気にくわなかったのは、昨日無くなったと思われる陶器のコップが散乱した服の上に横たわっていたことだ。

完全にバカにされている。

無駄とは思ったが、念のため部屋の鍵と貴重品を調べる。玄関、窓どれも鍵は掛かっているし、通帳や財布も同じ位置にあった。
二度目の侵入も何も盗る事なく立ち去ったようだ。

僕はしばらく考えた。
これで二度目の侵入になる訳だが、もしかしてこれからずっと荒らされ続けるのだろうか。

そんな事は願い下げだ。

やはり警察に話した方がいいのだろうか。しかし被害にあっているのは多分僕の部屋だけだ。
その事を考えると、言っても言わなくても同じ事だろうと思う。

僕は散らかった部屋を見てため息を吐いた。
片付けて大学へ行こう。

――――――――――――――

大学――いつもの席で啓一とつまらない講義を聞き流しながら、いつものように話していた。

「またか」

「まただ」

僕は今朝の出来事を啓一に話した。啓一はこうなる事を分かっていたみたいに言う。

「昨日盗ったコップを返すなんて、律儀な泥棒さんだな。案外、いいやつなんじゃないか?」

「寝室を荒らされてなかったらな」

仮に啓一の言う所の「いいやつ」だったとして、僕にどうしろというのか。

「もしかして、幽霊さんだったりして〜」

手を奇妙に動かしてからかう啓一。

「そういえば、昨日のあれはなんだったんだ?」

「電話の事か? 実はな、パソコンでホラー系の音を探してたらたまたま見つけたんだよ」

「種も仕掛けもあるって事?」

「そゆこと〜」

暇を持て余してホラーの音源を探すとは、啓一もなかなかの暇人だ。

「そういうのは彼女にやってあげろよ」

「無理無理、俺の彼女はデリケートなの」

僕は「はいはい」と軽く流した。
この様子だと彼女の事を相当大切に思っているらしい。

「よく出来た音源だったろ?」

悔しいが確かに怖かった。

「まあな。『欲しい』って言っていたけど、どういう意味?」

「欲しい?」

「最初にそう言ってたろ?」

「ちょっと待て、お前に電話する前に一度確認したが、言ってなかったぞ」

その言葉を聞いて固まった。
僕と彼の間にしばしの沈黙が流れる。

「おいおい冗談はよせよ?」

啓一の言葉に俺は無言だった。
冗談ではない。確かに聴こえたのだ。『欲しい』と。

「まさか......お前のそれってマジで幽霊の仕業なんじゃ......」

僕の顔が強ばっていたのか、僕の顔を見た途端、啓一のへらへらした笑みが消える。

「......かもね」

「かもね、って......結構ヤバいんじゃ」

「大丈夫だよ。コップを丁寧に返してくれる幽霊がいてたまるか」

苦し紛れの否定をする。

「そ、そうだよな」

僕と啓一は顔を見合わせて笑った。

――――――――――

食堂はいつもの如く人が多かった。その光景は砂糖に群がる働きアリを思わせる。その中の小さなアリが一匹、群れから離れて片隅で昼食を食べている。
それが僕だ。
啓一は愛しの彼女とどこか僕の知らない世界へと、午後の授業をさぼって行ってしまった。経済学部には啓一以外の知り合いは数人いるが、知り合いであって友達ではない。昼食に誘われないのは、彼らに僕より優先すべき人がいるからだ。
孤独感は慣れるが、周囲の目には慣れるものではない。
さっさと食べて午後の授業の前に一眠りしよう。

僕は半分ほどになったカレーをスプーンですくった。

味もそこそこなカレーを口に運ぼうとしたとき、はっとして手を止める。

「こんにちは、凌さん」

声の方を見ると紗英さんが向かいの席にいた。

「こん......にちは」

予想外の事に驚いて言葉が詰まる。

「昨日振りですね」

彼女は手に持ったカレーを机に置いて座った。

「そうですね」と一瞬見とれながら僕は言う。今日の紗英さんは一段と可愛く見えた。

「驚きました? 昨日のコンビニの事」

「そりゃ、びっくりしましたよ。あのコンビニの近くに住んでるんですか?」

彼女は軽く笑った。

「はい。実はあのコンビニまで百メートルもないんですよ」

僕は感心したように相づちを打った。

「でも、半年前からあそこでバイトしてますけど、来たことないですよね?」

僕が言うと彼女は困った顔をした。
訊くべきではなかったのかもしれない。

「あまりあのコンビニには行きませんからね」

彼女の苦笑いを見て後悔した。

「あ。そういえば――」

気まずい雰囲気が流れるかと思いきや、彼女自ら話題を変えるように切り出す。

「昨日教えてもらったレポート、上手く作ったね、って誉められました」

彼女がぱっと笑って、僕の後悔はどこかに消えた。

「おお! それはよかった!」

ちょっと大げさに喜んで見せて、彼女に合わせてにっこり笑った。

そこから話が弾んだ。
昼休みの一時間など、彼女と話していたら無いに等しく感じる。
午後の授業も彼女の隣で受けた。皆はいつの間にか仲良くなっている僕と彼女に驚いているみたいで、じろじろと観察するように見ていた。しかし残念ながら恋人という関係ではない。

彼女はいろいろな事を僕に話してくれた。好きな音楽や本、最近は映画をよく観る事。そのおかげでまた視力が落ちたことも。

「最近何かありました?」

彼女のこの一言に僕の口が滑った。

「いやー、何か空き巣に入られてるみたいなんだよ」

彼女の驚きの声は講堂に響かずに、休憩時間でざわついた中に消えていった。

「それ本当ですか?」

「うん。今日も朝寝室が荒らされてたんだよね」

軽い気持ちで言ったつもりが、彼女はひどく真剣に捉えたようで
「警察に言った方がいいですよ」
と深刻な表情で言ってくれた。

「でも、何も盗られてないし、部屋にもしっかり鍵が掛かってていたんだよ? 警察が相手にしてくれるかどうか......」

「心配です」

他人事ではない、と言ったような表情を彼女は見せる。啓一とは大違いだ。

「......そうだ!」

彼女がいきなり大きな声を出した。びくりと反応する。

「こんなのはどうでしょう? 寝室にビデオカメラを置いて、一晩部屋を撮るんです。犯人の顔も犯行現場も撮れますよ!」

自信に溢れた言い方であったが、僕には不安が残る。

「また荒らされろと......?」

僕が言うと、彼女は「あっ」と言って肩をすくめた。

「でも警察には言いたくないんですよね? 物的証拠も撮れますし......一晩中起きてます?」

「いや、それは......」

一晩中起きていて空き巣と対峙するなどもっての他だ。そのくらいなら、一晩部屋を録画する方がいくらかまともに聞こえる。

「よかったら、私のビデオカメラ、貸しますよ?」

「それは持ってるから大丈夫だけど、上手くいくかなあ?」

「きっと上手くいきますよ」
作品名:夜のビデオカメラ 作家名:うみしお