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夜のビデオカメラ

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自分の意識とは関係無く、柔らかな春の熱を感知した目がゆっくり開いた。

いつものように窓から雀の声が聴こえる。さらに朝日が神々しく床と僕の服を照らしていた。

服......?

僕は寝た体制のまま固まった。
しばらくして起き上がる。

辺りを見渡すとクローゼットは開けられ、ハンガーに掛かっていた服は部屋中に散らかり、靴下や下着が入っている。引き出しも全て開けられて中身はばら蒔かれている。

どういう事だろうか。
寝起きの頭をフル回転させて真っ先に思い付いたのは空き巣だ。

思い立った僕は寝室を出て居間に入る。寝室とは対照的に、居間は荒らされてはいなかった。
昨日と変わらずに机の横に置いてあるカバンの中身を確認する。

財布......中身はある。
引き出しに入っていた通帳もあった。

よかった。空き巣ではないらしい。

安堵の溜め息を吐く。

しかし、空き巣ではないとは言え寝室のあの散らかり様はなんだろうか。
自然になるのか? それとも最近空き巣は荒らすだけ荒らして、何も盗らずにその場を去るのが流行っているのだろうか?

浴室と台所も見ておく。荒らされた形跡はない。
だが何も盗られてはいなくとも、これは立派な犯罪だ。警察に言った方がいいだろう。

携帯の時計を見た。デジタル時計が八時半を示している。

何はともあれ服をとっとと片付けて、早く大学に行かないと間に合わない。

――――――――――

「は!? 空き巣!?」

大学の講堂で隣の男――荒井 啓一はややオーバーに驚いた。
講堂に響いた彼の声でほぼ全員が一番後ろの僕たちを見た。

「バカ、声でけぇよ」

僕は肩をすくめて啓一に言う。

「後ろの二人、みんなの眠気を覚ますのはいいが、静かにしなさい」

前に立つ講師が嫌味を言った。つられて何人かが小さく笑う。
何だか恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じた。
先生はみんなの反応に満足したようですぐに講義に戻った。

「ったく面白くもねぇ」

啓一は頬杖を付いて舌打ちする。

「で? 空き巣だって?」

「うん。寝室だけ荒されてるだけで何も盗られなかったし......何かその手の話聴かないか?」

「いいや全く。って言うか住んでる地区が全然違うだろ」

そうだった。
彼はこの大学に入って初めての友達だ。高校の友達が次々と就職していく中で僕は一人、県外のこの大学に入学した。昼休みに一人で昼食を食べている所を話し掛けられたのは、そう昔の話ではない。

「そうか......」

息を吐くように言う。

「鍵は?」

「掛かってた」

啓一は他人事のように「ふーん」と洩らす。

「ずいぶんご丁寧な空き巣だな。金目の物が何もないから、白けて帰ったんじゃないのか?」

「財布も通帳もあったんだぞ」

「へー、じゃあストーカーとか?」

啓一が言った途端、悪寒が背筋を走った。講義の内容を機械的に書いていた手が止まる。

「いやいや、ないない」と慌て否定した。

「そうだな、百パーないな。お前にストーカーか付いたら天地がひっくり返ってる」

事実かも知れないけどそこまで言わなくても......いや、そのくらい言ってくれた方が今は安心するか。

「警察に行った方がいいかな?」

「意味ないって。別に何も盗られてないんだろ? しかも、ただの不法侵入だ。警察もパトロールするだけさ。意味ないって」

「......だよね」

残念そうに僕は言う。

「今日もバイトか?」

「うん」

「稼ぐのもいいけど、単位落とすなよ」

「うん」

啓一の言葉に気の抜けた返事をする。

「空き巣の事は気に病むなよ。何も盗らなかったんだからさ」

「うん」

励ますように言ってくれたが、啓一にしてみれば他人事だ。
僕は息を吐いて、肩を落とした。

「――であるから、この場合はここにこれを代入――」

つまらない講義が子守唄に聴こえてきた。

――――――――――――――

「あれ、今日は学食じゃないの?」

長い講義を終えて昼食の時間。
僕と啓一は決まって学食だった。というのも、弁当を作る人もいなければ、作る気もないからだ。
しかし、今日の啓一は違うらしい。

「悪いな。今日はこれだ」

そう言うと僕に小指を立てて見せた。どうやら恋人さんと食べるらしい。
いつの間にか出来ていたようだ。

「あ......そう。羨ましいな」

我慢できない心の声が表に出た。

「ま、そう腐るな。次の講義には間に合うからよ」

......鼻の下伸ばして何を言うか。
啓一は笑顔で手を振ると、待っているであろう恋人のもとへ向かった。

一人取り残されて、取り合えず僕は食堂に向かう。
食堂はいつも混んでいる。今日も例外ではない。多くの人たちが、がやがや騒ぎながら食べている。
いつもは啓一と来るから感じないが、一人で来ると妙な孤独感があった。入学当初を思い出す。
今日の昼食――カレーを持ち、空いている席を探す。なるべく人がいなくて、欲を言えば隅っこの席がいい。
席を探していると、隅の方に空いている席を見つけた。朝は運がなかったが、昼から運が向いているのかもしれない。
僕は素早く座って早速食べ始めた。
ほぼ毎日食べているので何の感想も持たないが今日は違った。カレーの味は変わらないが、僕の心境は重くて、多少ながらカレーを不味くさせていた、スプーンがあまり進まない。

やはり空き巣なのだろうか。空き巣が寝室を荒らすだけ荒らして、鍵まで閉めて帰って行った。何も盗る事なく。
自分で考えてみてアホらしく思えてきた。

「す、すいません......隣いいですか?」

意識の外からの声にスプーンを落としそうになった。
声の方を見ると、そこには女の子が立っていた。茶髪掛かったショートの髪に、赤渕の眼鏡が似合う女の子だ。

僕は一瞬目を見開いた。

「と......隣?」

「え、えっと、じゃあ......前の席いいですか?」

彼女はおどおどしていた。まるで何かに焦っているようだ。僕も人の事を言えたものではないが。

「どうぞ」

顔は澄ましていると思うが、内心は正反対だ。
隅っこで一人昼食を食べる男など誰も気にも留めない。ましてや話し掛けるなど、時間の無駄もいいところなのに。

「あ、ありがとうございます」

震えているようなその声に僕は緊張していた。何なのだろう、この空気は。
彼女は僕の真正面の席に腰を下ろし、両手の昼食を置く。僕と同じカレーだ。僕より量は少ないが。
しばらく無言のままお互い食べていた。

「あ、あのどこの学部なんですか?」

スプーンに取ったカレーが僕の口に入る前に彼女は言った。
改めて正面から見ると、顔立ちは幼さを感じさせる。眼鏡で強調された丸い目が僕を真っ直ぐに見ていた

「経済学部ですよ」

僕はスプーンのカレーを皿に置く。

「ほんとですか!? じゃあ私と同じですね」

言った途端、彼女は笑顔を見せる。まさに全力の笑顔だ。
少し見惚れてしまったが、彼女はさっきの講義の時にいただろうか? 入学して約半年経っているが僕は彼女を初めて見る。

「そ、そうなんですか」

「はい」と大きく頷く。

「入ったはいいんですけど、難しくて」
作品名:夜のビデオカメラ 作家名:うみしお