夜のビデオカメラ
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このアパートに住んでもうすぐ半年になる。それは同時に大学に行く為に僕が実家を離れて半年ということを意味していた。
父の知り合いから紹介してもらったこのアパートだが、格安な上に生活に必要な物は全て揃っていた。
外観こそ古いが、住み心地はいい。
僕の部屋を上から見たとすれば、縦長の2LDKと言ったところだ。玄関や浴室、WC、洗面室は右側に並んで、それらを壁で隔てて簡単な台所と、広い空間を取った寝室と居間がある。
一人で生活するにはもったいない部屋だとつくづく思っている。
大学は午後五時頃終わり、その足でアパート近くのコンビニで十時まで小遣い稼ぎ。そこで簡単な夕食を買って、アパートに戻る、という生活を半年続けてきた。
僕のイメージしていた、華やかな大学生活はまだない。
今日も全く変わらない一日だった。このまま機械になってしまうのではないのかと心配だ。
『合田 凌』と書かれた表札の部屋の鍵を開ける。
「おかえりなさい」
そう言ってくれる人がいればいいのだが。
玄関の棚にいつもの様に鍵を置く。
六畳ほどある居間に入り、肩からたすきに下げていた鞄を白い机の横に置いた。
ジーンズのポケットから携帯を出して時間を確認する。
午後十一時。
バイト先の先輩に長い間引き止められていたおかげで、いつもより遅くなってしまった。
女の子を紹介しろだって?
二十後半になってフリーターじゃあ一生できませんよ。
面と向かってはっきりと言ってやりたかったが、バイトの中での立場もあるので言う事はできなかった。
十九年生きてきて彼女ができた事のない僕が言えた事でもないが。
机の前に胡座をかきテレビのリモコンを取った。テレビを付ける。無音だった部屋に賑やかな音が鳴る。
適当にチャンネルを回していくが、何も見たい番組がなかった。
僕は一つ息を吐く。
下らないバラエティ番組でチャンネルを止めて僕は寝室に入った。
寝室にはポツンとシングルベッドが置かれ、ベランダに続く窓がある。
僕は薄暗い部屋をベッドの横のランプで明るく照らす。
ちょうどベッドの足を向ける方向にあるクローゼットを開けて、とりあえず部屋着に着替えた。
さて、明日は何を着て行こう。
大学に毎日通うのも僕にとっては酷な事だった。毎日服装を変えて行かないと友達にまたその服か、と突っ込みを入れられる。そう思うと制服だった高校の方がよっぽど楽だった。
僕はハンガーに掛かった長袖のシャツを見つけ、明日はこれにしようと決めた。
居間に戻って課題をしようと思った時、僕の頬を何かが掠める。
予想外の出来事にびくり、と反応した。
頬を手で擦ると、手に冷たい感触が伝わる。
水?
予想通りに擦った手には水が付いていた。
雨漏りかと思い天井を見上げる。特に濡れた様子はなかった。次に、床に敷いたカーペットを手でなぞる。こちらも濡れている様子はなく、さらさらとした感触だ。
再び天井を見上げる。やはり濡れた様子はない。
僕は首を傾げた。何とも不思議な事だ。染みすら滲んでない天井から水滴が落ちて来たのだから。
ひとまず、コップを下に置いておこう。とは言っても、水滴が落ちて来たのは僕に当たった一滴だけで、しかもその水滴は肩に当たって消えてしまった為に落下地点が分からない。
僕は溜め息を吐く。
台所からコップを出そうとした時、見慣れないコップがあった。歪な形で何かを飲むには不便そうなコップ――というより陶器だ。なぜあるのかは知らないが、たまたま目に入ったそれを寝室の適当な場所に置く。うまく入ってくれるといいのだが。
まだ半年だというのにこんな様子では困る。本格的になって来たら管理人に言わないと。でもあのおばさんはちょっと苦手だな。
風呂に入り明日の準備をする。準備をしている最中に課題の書かれた紙を見たが見ていない事にした。
今日はもう寝よう。早く寝て、明日を頑張ろう。
僕は枕に顔を押し付けて静かに目を閉じた。