夜のビデオカメラ
僕は自分でも驚くほど冷静に言う。頭の中は多少混乱していたが。
「何で言い切れる」
「ビデオカメラで録画する方法は紗英さんが言ったんだ。それにあの暗い中で、眼鏡も掛けずに見えるはずない」
紗英さんは、一体何が起こっているのか、なぜ自分が怒鳴られたのか分かっていないようだ。
「ビデオカメラを貸してくれ」
落ち着いた啓一はそう言った。
僕は手に持っていたビデオカメラを渡す。すると彼は、それをちょっと操作して紗英さんに渡した。
「きゃっ!」
啓一の渡したビデオカメラの液晶を見た途端、紗英さんは小さく悲鳴を上げて身を引く。
「覚えは?」
「ない......ないです。凌さんの部屋に入ったのは初めてなんです」
どうやら紗英さんも混乱しているようだ。
「とりあえず落ち着こう」
僕は二人に座るように勧めた。
二人は黙ってその場に座った。僕も二人と三角形を作るように座る。
「紗英さんは何で僕の部屋に?」
まずはそこだった。紗英さんがこの部屋来た理由を知らないと啓一も頭を冷やせないだろう。
「心配だったんです。ビデオカメラで撮った部屋を見るなんて......少しでも力になれたらと思って部屋に来てみたら鍵は開いていたし、気になって入ったんです。そしたら、凌さんと......啓一さん? が来て、驚いて」
啓一と紗英さんは初対面だったことに今更気づいた。
「なるほど、変な偶然もあるもんだ」
啓一が毒づいた。あまり信じていないようだ。
紗英さんはしょんぼりと下に視線を落とす。
「と、とにかく、ビデオカメラに映っているのは紗英さんじゃないんだね?」
僕が訊くと、彼女は小さく頷いた。
「そんなもん、確かめれば分かるだろ」
啓一は言い放って立ち上がった。そして僕が背中を向けていた寝室にずかずかと入る。居間の電気で僅かに照らされた寝室を見るとなんだか寒気を感じた
「啓一、何を――」
僕が言ったときには、彼は閉じられたクローゼットの引き戸に手を掛けていた。
そして勢いよく開いた。
僕の背中に悪寒が走る。啓一もなのか、そのままクローゼットの中を見つめていた。
「どうしたんですか?」
紗英さんが言った言葉で我に返る。彼女は平気なようだ。
「いや、ちょっと寒気が」
僕は彼女に言った。
啓一は戻ってきてあぐらをかいて座る。行き場のなくった手をお腹の前で組んでいるが、その手は震えていた。
「何かいたか?」
啓一は黙って首を横に振った。それを見てひとまず安心する。
「ただ……」と啓一が続ける。
「なんて言うか……禍々しかった」
僕の悪寒はきっとそれだろう。啓一は何かを間近で感じたみたいだ。
「凌、今日は俺の家に泊まれ」
啓一の申し出に僕は賛成した。こんな部屋には居たくない。ましてや、寝ることなど無理だろう。
「あと……紗英さん?」
啓一が話しかける。
彼女は小さく返事をした。
「さっきはごめん。多分君のせいじゃないと思うけど、今日の所は帰ってくれないか?」
「……分かりました」
紗英さんはやや不機嫌そうに答える。
「あ。凌さん、メールアドレス訊いてもいいですか?」
まるでそれが来た目的であったかのように、ぱっと彼女の顔が明るくなった。
もちろん僕に拒む理由はない。
「いいよ。何かあったあ連絡するね」
携帯を出して赤外線で交換する。
「はい」
彼女は笑顔で答えて、部屋を出て行った。
こんな状況でなかったら小さくガッツポーズをしているところだが、今はそうもいかない。
「青春やってる場合じゃないぞ」
啓一が息を吐きながら言う。
「嫌われたな」
「そういう問題じゃないだろ。ほら、早く行くぞ。この部屋にはあまりいたくない」
僕は軽く準備をして啓一共に部屋を出た。
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「あった。凌、これ見てみろよ」
僕は啓一の家にいた。家と言っても彼もアパートなのだが、僕の部屋とは大分雰囲気が違うように感じる。
彼はパソコンを弄りながら、寝る準備をする僕に言った。
パソコンを覗き込む。
「せい……れい?」
「どうやったらそうやって読めるんだよ。生霊だよ」
パソコンの画面には『生霊』と大きく書かれて、その下にずらりと説明が書かれていた。
「俺の予想だけどな、お前の部屋を荒らしてる奴は人間じゃなくて霊だよ。じゃなきゃあんな無意味なことしない」
簡単に『霊』の存在を彼は肯定したが、僕にはまだ信じることができなかった。
「確かに無意味だけど、幽霊の仕業とは考えにくいよ」
「誰かが真夜中に侵入してなんのメッセージもなく立ち去ったのか? そっちの方が考えにくい。鍵も掛かっていたんだろ?」
「そうだけど……」
「しかもビデオカメラにばっちり映ってたんだぜ? しかも映っていたのは、お前が数日前に知り合った紗英さんと来たもんだ。疑い要がない」
「でも紗英は違うって言ってたじゃん」
「ああ、紗英さんは嘘は言っていないし、嘘を吐くようにも見えない。そこでこの生霊のこの部分を見てくれ」
彼がパソコンの画面を指差す。
そこには『怨念だけでなく、強い感情で無意識に他者へ飛ばす事例も見られる』とあった。
「これはつまり……どういうこと?」
この説明を見ても何の事だかさっぱり理解できなかった。
啓一は溜め息を吐く。
「この生霊ってのはな、霊感が強い奴なら意識的に相手に憑かせる事が出来るんだ。多分紗英さんは霊感が強くて、無意識的に飛ばしてしまったんだろうな」
「強い意志で? 僕に?」
「やっぱりか」と彼は洩らす。
「あのなあ、食堂の隅っこで一人で食ってる男に女の子が話し掛けるか? 心配だって言って家まで来るか? 普通だったらねえよ」
「……ということは――」
「惚れてるな。しかもかなり。無意識に生霊を飛ばす程だからな」
「喜んでいいよね?」
「どうだかな。これからのお前に掛かってるよ」
「それってどういう意味?」
「そのまんまの意味」
啓一は鼻で笑う。
「さーて寝るか。原因も分かったことだし」
「対処方とかないのかな?」
「そんなの簡単だろ。ほら、寝るぞ」
僕の言葉は一蹴され、もう少し調べたかったのにパソコンを閉じられた。
彼は自分のベッドに横になる。僕も仕方ないので寝ることにした。
即席のベッドに横になって僕は考えていた。
結局のところ、原因は紗英さんにあったわけだがどう解決すべきなのか。
いくつか考えが浮かぶがどの考えにも疑問符が付いていた。
明日、紗英さんと会って直接確かめてみよう。そうすれば全てわかる。