「お話(仮)」
突き上げるような落雷の音。
それは鈍く短く、どこか銃声にも似ていた。
「何の真似だ?」
シヴァは己の視覚を疑うかの如く、大きく両目を見開いて尋ねた。
「ふふ、それはこっちのセリフ。コウミちゃんが可哀想でしょ」
そう言い放つクリスを見て、シヴァは更に目を見開く。
「クリス……まさかお前まで。こうも簡単に敵の手に落ちるとはな」
その瞳の中で、腕に刺さったナイフをひといきに引き抜くクリス。
傷口から鮮血が滴り落ち、ナイフの刃が紅に反射した。
「心配いらないわ。アナタもすぐ仲間にしてあげるから……」
クリスがシヴァに向けて『ローズ・マリー』を翳す。
その切っ先は、彼の口元で光る吸血牙と同様、鋭利で冷たい。
「っ!」
容赦なかった。
咄嗟にシヴァは身を捻って攻撃をかわしたが、彼女が体勢を立て直すのを待たず、クリスは再び大鎌を振り上げる。
そして、迫った刃がまさにシヴァの肌を切り裂こうとした瞬間――。
「……無益」
突如巻き起こった“かまいたち”が攻撃の軌道を乱した。
「お前は……『牙』、か」
両者の間に割って入った青年――フウマを見上げてシヴァが呟く。
顔を合わせるのは初めてだったが、気配で察しがついた。
「魑魅魍魎の眼光。何があったか興味はないが、俺の知るあいつの目ではないな」
「血に飢えた吸血鬼と化し、自我を失っている。クリスも……あの女も」
「そうか」
フウマは目を閉じ、細く息を吐いた。
「ならば止むを得ん」
刀の鍔を返し、素早く地を蹴るフウマ。
薄闇の中、にわかに高揚し始めた“戦士の瞳”がコウミを捕らえた。
「待て、そいつは恐らく操られているだけだ! 殺し合いはよせ!」
シヴァが言った。すると。
「……当然だ」
直後、刀を口にくわえた状態で、フウマの両手がコウミの腕を掴んだ。
「動きは封じたぞ。今だ」
フウマの声を合図にシヴァが動く。
しかし、すぐに彼女は殺気を感じ、振り返ると、すぐ耳元にクリスの顔が迫っていた。
「?」
一瞬、シヴァの動きが止まった。
その隙をついてクリスは彼女を突き飛ばすと、真っ直ぐコウミ達の方へと駆け出す。
「……クリス?」
“今、お前は私に何と言った?”
フウマの真正面に立ちはだかり、勝負を決めにかかるクリス。
“――――ゴメンネ”
次の瞬間、振り下ろされた手拳がコウミの首筋に入り、たちまち彼女は糸の切れた人形の如く、がっくりと床に崩れ落ちた。
○
気を失っているコウミを抱えてフウマが立ち上がる。
手を貸そうとしたが、彼はそれを拒み、普段の虚ろな表情でクリス達の前から去っていった。
おそらく、どこか安全な場所へ向かったのだろう。
「で、クリス。これはどういうことだ」
二人きりになったロビーでシヴァが口を開く。
「いつから正気に戻っていたと聞いているのだ」
その不機嫌さはクリスにも伝わり、彼は少し言葉を濁す。
「そ、そうねぇ、フウマが来てくれた少し後ぐらいだったかしら? ホントは伝えたかったのよぉ。 でも、二人共なかなか隙がないでしょ。それに……」
ちらりと腕の傷を見せてクリスは言った。
「これでおあいこ」
――と、その時。
(ヒヒヒ……聞こえるかな? 諸君)
かすれた声が、スピーカーを通じて客船全体に響き渡った。