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「お話(仮)」

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 静かに、首筋の死角からコウミの唇が迫る。
「お願い、少しだけ……。すぐ済みますから……」
 その口元で鋭い牙が光った。

「!」
 会場の扉を出た瞬間、シヴァは我が目を疑った。
「クリ……ス?」
 互いに頬を寄せ合い、ソファの上で抱擁する二人の姿。
 彼女は混乱し、咄嗟に近くの柱に身を隠した。

 横波に煽られて、巨大な船体がゆっくりと上下に動く。
 クリスの背に腕を回したまま、コウミは揺れるシャンデリアの下を走り去る人影を見た。
 ――シヴァだった。
 刹那、コウミの顔に妖艶な笑みが差し、彼女はそっと唇を拭う。
「……ごちそうさま」



 薄暗いボイラー室に響く笑い声。
「ヒヒヒ、彼女なかなか上手くやるじゃないか。イイョ、イイョ……」
 歪んだ唇の隙間から、鋭い二本の犬歯がのぞく。
「容易い、容易すぎるねェ。このまま言いつけ通りオモチャを届けるのは容易いけれど、それじゃあキミ達も遊び足りないだろう?」
 独り言を呟きながら、男は右手にはめられた革手袋を口に当て、ゆっくりそれを歯で外した。
 闇に浮かび上がる不気味な刺青のシルエット。
 六本の足、四枚の羽、更には長く尖った針のような口。
 同時に何処からともなく集まった虫の渦が、細かく羽を震わせて男の周囲を旋回する。
「さぁ諸君。今夜は御馳走だョ。思う存分ヤツらの血をすするがイイ……。そう、我らヴァンパイアの名に恥じないように、ねェ。ヒヒヒヒヒ……」
 男はもう片方の手を船内の電源装置に掛けると、一気にそのレバーを引き下げた。

「!?」
 近くで光った稲妻と共に、甲板に立つシヴァの背筋に寒気が走った。
 そして――。

 突然の停電にパーティー会場がざわめく。
 そんな中、グレーシャは闇の中に不穏な気配を感じた。
「何なのさ……この感じ。ノアじゃない、クロウでもない。あたいの知らない“ケモノ”か?」
 彼女は鼻を利かせ、注意深く相手の位置を探った――直後、場内に明かりが戻った。
 非常電源が順次作動しているのだろう。とは言え、周囲は依然として薄暗い。
「?」
 何気なくテーブルに目をやった途端、彼女は息を呑んだ。
 ほんの少し前までそこで眠っていたクロウの姿がない。
「……ヤバ」



「クリストファー?」
 ヨウの声。
「駄目ね。もうかなり毒がまわってるわ」
 そしてルビアの声。だが、視界は暗くて狭い。
「さっきの薬、まだ効かないの?」
「どうかしら? 適当に調合しただけだから。むしろ悪化するかもしれないわね」
「ずいぶん消極的なことを言うんだね。電気もなかなか戻らないし、何だか暗くて嫌な感じ」
「じきに戻るわ」
 直後、ロビーの非常灯がつき、クリスの瞳にぼんやりと、逆光に照らされた二人の輪郭が映る。
「おはよう、クリストファー」
「気分はどう? 私達のこと、分かる?」
 クリスはソファから上体を起こした。
「分かるわ……。何だか、世話かけちゃったみたいね」
 そのままゆっくりと立ち上がる。少し足元がふらつくが、何とか歩けそうだ。
「もう少し休んでなさいよ」
「アリガト。でもアタシ、行かなきゃ……」
 クリスは二人に背を向け、ひとりロビーを後にした。
 口元に、鋭い牙を覗かせながら――。

「待て」
 背後から響いた声にコウミが振り返る。
作品名:「お話(仮)」 作家名:樹樹