「お話(仮)」
「ふふ。アタシね、何気に結構この時代も好きだったのよ。けど、戻らなきゃダメなの……。戻って、紅い獣……ノアに聞きたいコトがまだまだあるもの。それに何より……このままじゃ……」
光の中で、最後にクリスの唇が呟いた。
その言葉は誰にも聞き取られることなく、次の瞬間、光の球は放射状に弾け、後にはただ呆然と立ち尽くすカムイだけが残された。
“……このままじゃ、シヴァちゃんとの年の差が開いちゃうでしょ”
○
「あ、流れ星!」
ふいにサラが言った。
「シヴァちゃん、お願いごと出来た?」
「……」
シヴァは何も答えず、ただ薄れゆく星々を眺めていた。
白み始めた東の空。もうすぐ夜明けが訪れる。
「朝……。そう、朝になって私が目を覚ました時、もうそこに彼はいなかった」
「?」
シヴァの視線の先で、サラの表情が一瞬寂しげに微笑んだように見えた。
「でもね、まだ終わりじゃないのよ」
「終わりじゃない?」
――そうよ。あの朝、彼がいなくて、空がいつもより綺麗に晴れているのに気付いた時……。
「クリス、おにいちゃん?」
誰もいない部屋。
やわらかい日差しが、風に揺れる宿のカーテンから細く差し込む。
(サラちゃん)
心の中で、あの声が響く。
(ゴメンなさいね。また会いましょうね)
鳥の羽音と共に、頬を撫でる優しい春風。サラは叫んだ。
「やだ! いかないで! おいてけぼりに……しないでよぉ!」
大粒の涙がその目からこぼれ落ちる。
「うそつき! おにいちゃん、言ったよね? ずっとそばにいてくれるって……言ったよね?」
(……サラちゃん。ねぇ、どうしてお星様って、夜にしか見えないんだと思う?)
「え?」
サラは泣きはらした目で青空を見上げた。
「お星さま……朝になると、どこかにいっちゃうから」
(違うわよ、サラちゃん)
ふいに起こった上昇気流にサラの髪がなびく。風に乗ってクリスは言った。
(それはね、お日様が明るすぎるからよ。目には見えないかもしれないけれど、いつだって……いつだってそばにいるのよ)
「!」
次の瞬間、少女は見た。
眩い太陽の傍らで輝く、見事な一つ星を――。
○
突如、蒼白色の彗星が大空を駆けた。
「ゴメンねシヴァちゃん。私、行かなきゃ!」
何かに駆られるように、サラは突然立ち上がると、星の後を追って走り出した。
一人その場に残されたシヴァ。いつしか風は止み、穏やかな空気が森全体を包み始めていた。
「……夜明けが近いのか」
気付いた時、クリスは森を流れる小川のほとりに立っていた。
「長い夜だったわ」
流れる川の細やかな音色が、今もまだ夢の中にいるような感覚を引き起こさせる。
「クリス?」
ふいに呼び止められ、クリスは声のした方向を振り返った。
瞬間、彼が目にしたのは――川の向こう岸、まだ薄暗い森を背にした、チェリーピンクの唇。
「やっぱり、クリスだわ!」
「サラちゃん」
サラは緩いウェーブの髪を揺らし、浅い川底を一歩ずつ進んだ。
クリスも、小川に足を踏み入れた。
そして、せせらぎの中央で、二人は二十年ぶりの再会を果たした。
「ずっと、探してたのよ」
「そうね、約束だったわよね」
サラが、そっとポケットから何かを取り出して、クリスに差し出してみせた。