「お話(仮)」
クリスは頷いた。何故ならそれは、別れ際に自分がアンバーに託した“約束”の証――。
「ふふ、昨日出たばっかりの新色なのよ」
そう言ってサラは、口紅の底に刻印された発売年、『267』の文字を指で撫でた。
「まだ、新しかったのよ……。なのに、いつの間にこんなに……」
涙が光った。
「長かったわ」
その後、俯き加減にサラは微笑む。
「ずっと、ずっと待ってたのよ。二十年間、本当に長かったわ……。ねぇ、クリス」
二十年ぶんの想いが込み上げる。
今ならば言える気がした。ずっと、心の中で温めてきた気持ちを。
「クリス、あのね、私……」
“クリスが好きよ。ずっと、私のそばにいて”
その言葉を胸にサラが顔を上げた瞬間、木々の間から朝の光が差し込む。
“クリスが……好きよ……”
朝日に照らされた彼の顔は、今まで思い描いてきたどの笑顔よりも明るく輝いていた。
“ずっと……”
優しい瞳。そして、その中に在る人物。
――それは自分ではなかった。
「シヴァ、ちゃん?」
振り向いたサラの目に、息をきらせて背後の河原にたたずむシヴァの姿が映る。
“私の……そばに…………”
「ねぇ、クリス」
サラは再びクリスと向き合った。二十年前と何も変わらない顔。しかし、あの時には分からなかった事が今は分かった。
静かに、チェリーピンクの口紅(ルージュ)は言った。
「ふふ、もうすっかり朝だわ。お星様、消えちゃった。でも……もう、寂しくないから」
にっこりと微笑み、そして、彼女はクリスの背を押した。
「……ありがとう、クリス」
言葉が出なかった。
「シヴァちゃん」
懐かしい顔。懐かしい声。
「また、会えて嬉しいわ」
「……」
水を蹴る靴音と同時に、二人の距離が縮まる。
シヴァは深く息を吸った。そして――。
「クリス!」
両手を前に出して相手の歩みを遮り、クリスを見据えたまま彼女は叫んだ。
「蒼炎の神殿でのことを忘れたのか? お前は二度と、“紅い獣”の血を持つ私には触れられない! クロウも言っていた。私とお前の道は、決して重なることなど有り得ないとな!」
「そう、だったわね」
目を背け、運命を嘲るようにシヴァは告げた。
「これが最後だ。もう、私には関わるな」
「シヴァちゃん…………ゴメンね」
森が騒いだ。
二つの影が、一つになった。
「!!」
「ゴメンね。そんなのアタシが許さないわ……。もう、絶対にアナタを離さないって決めたの」
瞬間、今まで堪えてきた涙が堰を切ったように溢れ出し、シヴァは初めて声を上げて泣いた。
○
「ルージュ! ナイテルノカ??」
肩にとまった小鳥が主人の顔を覗き込む。
「見てたの? クロ。あのね、私、大失恋……しちゃった」
「ッテイウカ、アリエナクナイ? ルージュ、ニジューネンモ マッテタンダヨ!?」
「いいの。もういいのよ」
涙を拭い、彼女はクロを横目に微笑んだ。
「ずーっと、“太陽”が眩しすぎて気付かなかった。ふふ、私の本当の“星の王子様”は、もしかしたら……な〜んてね」
――ただいま。
――……お帰り、クリス。
〜To be continued〜